トルコの蕾
絵美は薄暗い朝の街を、駅に向かって歩いている。
目を閉じて朝の空気を吸い込むと、ついこの間の出来事が、またしても鮮明に頭の中によみがえった。
あれ以来、ふとした瞬間に、あるいは目を閉じるだけで、正樹の顔が浮かんでしまうのだ。
絵美は思わずにやけてしまう。こんなに幸せでいいのだろうか。何もかもがうまく行き過ぎて、長い夢でも見ているような気さえする。
正樹との初めての待ち合わせ。
初めて向かい合ってふたりで食事をしたこと。
正樹が食事をしながら話してくれた、家族のことや実家で飼っている犬のこと。
いつかは自分で本格的なイタリアンの店を出したいと思っているということ。
絵美は少しだけ自分の話もした。
花が大好きで、花屋になる夢が諦めきれなくて、大学を卒業してからいまのフラワーショップでアルバイトを始めたこと。
店長の真希は綺麗だけど気取らなくて優しい、素敵な女性だということ。
その店長の真希が、目の前でプロポーズをされて驚いたこと。
正樹といると自然に笑うことができて、信じられないくらいたくさん食べることができた。
ふたりでゆっくり食事をして、別れ際に正樹が言った。
『また誘ってもいいかな』
駄目なはずがない。いいに決まってる。絵美は大きく深く頷いた。
これが夢ならどうかこのまま醒めないで。そう思いながら。