みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
一手を打てば、その間にも大手を仕掛けるほどの俊敏さが彼にはある。
ここでハッと気がついたのは、あれほど順当に出されていた料理のこと。なぜかデザートのみ一向に運ばれては来ない。
――つまり、このヴィレ・ホテルの経営者である彼の指示と考えれば、すべての結論が出る。
次第に繋がりゆく罠の数々に底知れぬ恐怖すら感じ、自然と瞬きも増えていた。
「何が目的なのでしょうか?」
「ハハッ、朱祢ちゃんはストレートだな」
「感情の赴くままに生きておりますので」
「それって損でしょ?」
「少なくとも今は、損とは言いたくございません」
「フッ、それはそうか」
今度こそ真相に迫れば、広角を上げて嘲笑される。次々と沸き上がる苛立ちを沈めるのも大変だ。
「お望み通り言えばね。叶に幸せになる権利はないってだけ?」
しかし、ゾクリとさせる冷たい声色に、私は暫し呆然として彼を見つめた。
「な、ぜ、ですか?」
「うーん、なぜかぁ……。それは朱祢ちゃんがよく知ってるよね?」
わざとらしく肩を竦めた里村氏の言葉には、すべてを拒否させぬ強靱さを秘めていた。
「……私の勝ちですから」
「見物だな。――じゃあ、ゲームの始まりだ」
だから愉快そうな里村社長に対して、ただ無表情を貫くのが精一杯だった……。
――あの嘘っぱちオトコ、もとい社長はこの人の本性を知っているのだろうか?
もしも夕方に私を呼び出した社長のアレが、彼なりの警告だったとすれば……?
そこはかとない期待を抱くほど、この状況から逃避したかった。それがまた、虚しさを助長すると分かっていても。
どちらにも転べない状況に立ったことで、ふと後悔の2文字が脳裏を過ぎる。
――彼女から“ごめんね”なんて、私には言われる資格などなかった。
“約束する”なんて、形のない不確かな誓いなんか立てなければ良かったね。
そんな私を嘆くかのように、部屋の隅の花瓶に活けられたトルコ桔梗は優美に咲き誇っていた……。