みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「どうも」と、先に口を開いたのは彼の方だった。
「こ、こんばんは」
お馴染みのダレスバッグに、紙袋をひとつ携えて訪れている顔は仄かに赤い。
幾分スーツを着崩しているあたり、間違いなく帰宅途中だろうと思えた。
「結構イイ所に住んでるね」
入居時には新築だった、単身者向けのこのマンション。親の心配を受けてセキュリティは万全でも、少々高いのが玉にキズだ。
「ささやかな贅沢です。――で、何かご用ですか」
「ご飯まだだろ?」
こちらの質問に答えず、薄墨色の眼差しを持つ彼に訝しげな視線を送る。
「ええ、今すぐ食べて爆睡予定です」
「お邪魔します」
「はっ、ちょ!」
社長がどんどん距離を詰めるので、反射的に後ろへと下がってしまう私。
そうして2人とも玄関に入ったところで、バタンと扉が閉まってしまった。
狭い玄関スペースに大人が対峙すれば、窮屈で仕方ない。非難のごとく睨みつけたが、効力ゼロだ。
「明日ご飯に連れて行くつもりだったのに、予定が入ってムリになった」
「は?それでしたら連絡下されば」
ムダを嫌う嘘っぱち男らしからぬ行動に、率直な物言いで目を丸くする私。
「“誰かと同じく”、俺も約束を破るのは嫌いなんでね」