みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


「私は別に」

ムッとして返せば、鋭い眼光を向けられて口を噤む。そこで一笑に付されると、苛立ちも再燃する。


ふてくされる私の目の前に、社長は手に持っていた紙袋を掲げた。


「そこで、いま食べようと思って。“おみや”形式にした」

「はあ?」

「これ、菱本のね」

「それは本日、お客様との懇親会に一席設けたところでは?」

ちなみに菱本といえば、財界人御用達の超高級料亭である。夜の会食にと、予約を入れたのは他ならぬ私だ。


「朱祢来なかったし」

「お食事の席には通訳はひとりで十分かと存じます。
通訳素人の私はお役ごめんです。他の仕事もありましたので。
私のことより、社長はすでに食事なさったのではありませんか?」

「会食じゃ殆ど食べない」

「はあ?」

悉く彼の答えで不発に終わる“口撃”に、この不抜けた反応も致し方ない。


「この前のお詫び」

そこでチュッと唇にキスを落とされ、流石に脈絡なき行動には何も言えなくなった。


「効果あった?」

「……今後、背後にご注意下さいませ」

「朱祢の攻撃?それなら歓迎する」

「っ、知りません!」

お詫びして貰いたい件がありすぎて、彼の指す”この前”は分からない。


何より、意図した言葉と違う答えが返ってきたせいか、頬に朱が差していた。


< 138 / 255 >

この作品をシェア

pagetop