みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「私は別に」
ムッとして返せば、鋭い眼光を向けられて口を噤む。そこで一笑に付されると、苛立ちも再燃する。
ふてくされる私の目の前に、社長は手に持っていた紙袋を掲げた。
「そこで、いま食べようと思って。“おみや”形式にした」
「はあ?」
「これ、菱本のね」
「それは本日、お客様との懇親会に一席設けたところでは?」
ちなみに菱本といえば、財界人御用達の超高級料亭である。夜の会食にと、予約を入れたのは他ならぬ私だ。
「朱祢来なかったし」
「お食事の席には通訳はひとりで十分かと存じます。
通訳素人の私はお役ごめんです。他の仕事もありましたので。
私のことより、社長はすでに食事なさったのではありませんか?」
「会食じゃ殆ど食べない」
「はあ?」
悉く彼の答えで不発に終わる“口撃”に、この不抜けた反応も致し方ない。
「この前のお詫び」
そこでチュッと唇にキスを落とされ、流石に脈絡なき行動には何も言えなくなった。
「効果あった?」
「……今後、背後にご注意下さいませ」
「朱祢の攻撃?それなら歓迎する」
「っ、知りません!」
お詫びして貰いたい件がありすぎて、彼の指す”この前”は分からない。
何より、意図した言葉と違う答えが返ってきたせいか、頬に朱が差していた。