みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
その日は定時を少しばかり過ぎて、会社を出ることになった。
そして急ぎ目に向かった先は、二度と来ないと誓ったばかりのホテルだ。
「いらっしゃいませ」
ドアマンのエスコートでエントランスを抜けると、私は洗練されたソファに座った。
そこでバッグからスマホを取り出した瞬間、艶々に磨かれた靴のつま先が視界に入る。
「時間ぴったり」
「お約束ですから」
バッグを持って静かに立ち上がると、口元に笑みを浮かべながら淡々と返した。
「今日はイタリアンね」
クスリと一笑した男こと、里村社長に嫌々ながら頷く。
正直、料理はどうでも良い。……アンタとは何を食べても美味くない、と言ってやりたいのを我慢した。
するとフロアに居合わせたスタッフが一斉に、若き経営者に対して頭を垂れた。
周囲を取り巻くこの妙なピリピリ感は、Chain社とはまた違った空気だ。
そんな彼と2人、地上30階までエレベーターで向かう。さらに着いた先でも、やたら恭しい態度で案内を受ける羽目に。
「どうぞ」
そのマネージャーに案内された席で、私は疑心を抱かずにはいられなかった。
「朱祢ちゃん?」
隣から声を掛けられて、そちらへ顔を向ける。真っ黒な瞳は挑戦的な色をしていた。