みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「いくら先輩でも、人のものを奪う権利はありませんよ?」
その時、ガラリと声色が変わった。電話相手に構うことなく吐き捨てた彼とそこで目が合う。
今さらガタガタ小刻みに震え始める身体。それに反して、掴まれた左腕には熱が籠っていた。
「――フッ、どう言われようが構いませんよ。
それと、あかねには昨日すべて白状させたので悪しからず」
「え?」と、社長の発言に間抜けな声を上げてしまう。
「あれ?そうでしたか。まだ話していないんですね。
昨日俺は、“別に話しても構わない”と言ったんですけど」
慌てて口を噤んだものの、そんな私には一切構わない彼に羞恥が走った。
――私のことじゃない。本命の女性の話だと分かった心は悲鳴を上げ、視線は床へと落ちていく。
「なので、朱祢は返して貰いますよ」
会話など耳に入らず、居た堪れない気持ちが募る。左手に訪れた解放感に安堵した瞬間、背中に回った手。
ビクリと固くした私が顔を上げた時にはもう、ニヤリと意地悪い笑みを浮かべた彼の胸の中。
どちらの“あかね”か錯乱してしまい、目の前の胸をグッと押して逃れようとする。
だがしかし、「大人しくしてろ」の怒気を含んだひと言で私は抵抗を止めていた。