みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
認知すると申し出たものの、母はそれを拒んだ。桔梗谷と関われば、この子は普通の幸せを手に入れられないからと。
頑として受け入れない母に折れたのは、意外にも彼の方だった。
銀行側へ手を回し、桔梗谷からの養育費であることを伏せるため別名義で振込みを続けてくれたとか。
しかし、母はその莫大な養育費には一切手をつけなかった。いずれ私が進学等で困った時に、と慎ましい暮らしと知恵を授けてくれたのだ。
お嬢様として何不自由なく過ごしていた、艶やかで長い黒髪が美しい透子ちゃん。かたや母とふたりでありふれた生活をし、地味で目立たない私。
私たちは互いの存在も知ることなく、それぞれの地で成長したのだ。
『朱祢ちゃん、よね?』
これが第一声。今でもその澄んだ声と、ほんの少し躊躇いを含んだ透子ちゃんの表情は覚えてる。
黒髪をサイドでひとつに束ね、グレーのワンピースに身を包んで千葉のアパートまで来てくれたのだ。
確かに透子ちゃんが口にした通り、顔立ちは似ているのだろう。……彼女が亡くなった年齢に近づいた今、何となくそう感じられるようになった。