みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
お嬢様として不自由ない暮らしをしていると思っていたのに、家庭環境は私以上に寂しいものだったよう。
透子ちゃんのお母さんと父はいわゆる政略結婚。彼女の母親は子供に愛情のかけらもなく、すべてお手伝いさん頼り。
跡継ぎの透子ちゃんと弟の隼さんを年子で産んだ途端、夜遊びや不倫を繰り返した。
私は数回会ったきりだけれど、自分が一番でありたい人なのだろう。
始めは父が注意をする度に衝突していたらしいが、それも無くなった頃には、父も仕事を理由に滅多に自宅へ寄りつかなくなったそうだ。
『いくら家が広くてもそこに笑顔がなければ、ただの箱と同じ。空虚なものよ。
だから私は、朱祢のお母さんが羨ましいわ。城を築いて、家と子供を必死に守っているんだもの。
それに朱祢のお母さんが亡くなってから……、父が家へ帰ってくるようになったの。まあ、母は相変わらずだから修復は無理だと思う。
……私と隼も木下さんたちのお陰で成人できたし、互いを忌み嫌うなら離婚すれば良いのにね。それが分からないわ』
『わた、しのこと……、恨んでませんか?』
『とりあえず、朱祢ちゃんが嫌がるくらい大歓迎してるわ』
そのひと言で、心に感じていた追い目がなくなった。
妾の子どもを受け入れてくれた彼女に、どれほど感謝したのか知れない。