みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
小康状態の時を断ちきったのは、私が悪態を見せるベッドへ放り投げられたiPhone。
「プライベート番号、面倒だから朱祢が入れといて」
その発言に視線を上げると、ニヒルな笑みを浮かべた社長と目が合った。
つまり社用携帯でしか繋がりのなかった関係が、ここで“軽い女”へ滑落したと意味する。
無言でそれを手にした私。自分のプライベート携帯の番号とアドレスを入力した。
ただ彼のプライベート番号は、自分のスマホへ登録しなかった。…知る必要がないから。
その間にソファへ戻っていた男は、iPadを操作中。まるで興味ナシの態度が悔しさを募らせる。
それを悟られたくなくて。登録を終えたiPhoneをベッドへ置き去りに、バッグを掴んで部屋を出た私。
大切なメガネを諦めた訳ではない。…いま取り返す余力がなかったのだ。
ベッドから立ち上がった時に“送るから待って”と、かけられた声は背中で跳ね返した。
――女を軽んじるオトコの施しなんか受けてたまるか、と。
重厚なドアを開けて、ひとり向かったのはエレベーターホール。その途中、部屋のドアが3個しか無い贅沢フロアにもまた舌打ちした。
到着サインを見せた機体へ乗り込むと、オサラバと言うように地上へのボタンを連打する。
高速エレベーターの中で、泣きそうな心をすべて苛立ちへ変換する外なくて。
ようやく地上へ到着したエレベーターから降りると、気だるい身体で足早にホテルから逃げた。