みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
平日の真夜中の最上階とあれば、辺りは物寂しいほど閑散としていた。
「聞かれたら答える義務があると思うけどな」
改めて対峙する薄墨色の眼差しに、思わず息を呑んだ。それは気を抜けば、一瞬ですべてを奪われるほどの力をその目に感じたせい。
「アレが前戯なの?」
この空気を刷新するようにひと呼吸置く。ただし、敬語はあえて使わなかった。
「ぬるいね」
「それなら安心した」
「無論――引きずり出すのは、朱祢次第だけど」
「そっくりそのまま返すわ」
だが薄墨色をした瞳は、射抜くように私を捉えて離さない。
「その顔はそそるね、やっぱり」
――折角かの女性に似せた私を、みすみす手放すわけない。暗に告げているその発言に傷ついたなど、情けないにも程がある。
「顔だけ?失礼ね」
強気な態度に笑う社長の手は、“身代わりオンナ”を求めるように髪を梳く。
身勝手さと裏腹の優しい手つきによって、そこはかとない苛立ちと嬉しさが相対する私の心。
「たった一夜で、私を知った気にならないで欲しいわ」
でも、それを表に出せば負け。ふわりと笑う彼を睨みながら口を拭って見せた。
「ああ、もちろん。これから時間をかけて、朱祢の本性を引き出すだけだ」
「私の本性じゃなくて、欲情でしょ?」
私がそう言えばククッと喉を鳴らして笑うのだから、本当に性格が悪い。
ただオトコ任せに寝るだけの、安っぽい女に成り下がるつもりは毛頭ない。
たとえ純粋じゃなくても、私なりのプライドは最後まで捨てないから…。
「戯れはここまでだ」
薄墨色の目に熱を宿した社長のひと言が、深夜の静寂に包まれたフロアで妖しく響く。
この身を守れるのは、自身の強情さのみ。私は何も答えることなく、嫌味混じりに薄く笑う。
――この続きを仕向けているのは、果たしてどちらなのだろう?