ワイルドで行こう

 矢野さんと龍星轟の店先に出る。直射日光の真昼。コンクリートから照り返す日光がまぶしい。
「客の車は流石に試しには使えねーから。タキのアールサンニイをもってくるから待ってな」
 客の車は勿論だけど、社長の車だって『お触り厳禁』のようなのだから、同じようなもの。
 英児さん。怒るかな。
 琴子はふと不安になったが、すぐに首を振る。
 なんだろう。琴子の脳裏に、夕暮れの中、たった一人でワックスがけに夢中になっていた英児の姿が焼き付いていた。
 この英児の自宅に来て、二人で過ごすようになってから、琴子はただ可愛い可愛いと愛されるだけで良いのだろうかと思い始めていた。
 しっかり者の頼りがいあるお兄さんだけれど、本当はちょっぴり寂しがり屋の英児。そんな彼のことを、琴子はもっと知りたい。あの夕の日、夢中でワックスがけをしていた彼、あの時の彼と同じ気持ちになってみたい。私も……。そうするには、彼と同じように車と向き合ってワックスをかけてみたらどうだろうかと思っていたのに。英児は『しなくていい』とさせてくれなかった。
 英児はいま、整備用のガレージで作業中。矢野さんが向かったのは、その隣のガレージ。営業中は開いていて、そこには預かっている顧客の車が駐車されていたり、英児が所有している愛車が数台停めてある。
 アールサンニイとは、どの車なのだろう?
 数台所有している英児に一度ガレージで見させてもらったが、琴子が聞く限り『アールサンニイ』という車はなかったのに。と思い出す。
 やがて、その車がギュウンとエンジンを唸らせながらガレージを飛び出してきた。
 そこに現れたのは、あの真っ黒なスカイライン。

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