ワイルドで行こう

 だが琴子。この関係を聞いて、そして武智さんが案じている様子を見て、不安を覚えた。
「あの、その、もしかして、私のお願いって。あの、すごく、とんでもないことなのでは」
 激しい師弟の関係を知る者が『それだけはやめてくれ』と言いながらも、雇われ主のタブーに『師匠』という特権で動こうとしている矢野さん。
 だが、その矢野さんに既に睨まれていて、琴子の背筋も伸びた。
「姉ちゃんよお。今更、やめるって言わないよな。その程度の女か。タキタの女は。お前、英児の車にこれから振り回されたくないから、そこ『押さえておこう』と思ったんだろ」
 なんだかんだ琴子が言っても、そう、矢野さんが言うとおり。『車は別格』の英児。『彼の女になるなら、車に乗せられているだけではダメ。こっちから車に乗り上げないと』と思うことが多くなった琴子。運転免許をもって運転できるとか、そういう物理的な問題じゃない。『スピリット』の問題。英児の心も運転席に常に乗っている。それなら琴子の心も助手席ではなく運転席にありたいといえばいいのだろうか。そこまではまだおこがましくて言えやしなかったが、でも、矢野さんに心の底の底まで見透かされている。
「英児の真の女になるなら、肝を据えな」
 鋭いけど、熱い目線。英児と同じだと琴子は思った。
「行くぞ。俺が教えてやるから、来い」
 琴子が返事もしないうちに、矢野さんは英児の車のキー片手に外に出て行ってしまう。
 それは琴子の答えなどわかっているとばかりに。

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