ワイルドで行こう
「よし、やるぞ」
「はい」
ついに『憧れのケース』を琴子は手に持たせてもらう。
手のひらサイズのスポンジを片手に、そのケースの蓋を開けた。粘土のような練り粉。独特の匂い。
洗車後、濡れた車を綺麗に拭き、そして車内の清掃も教わった。英児の車は綺麗なので、車内清掃といってもほとんどやる意味がない程だったが、それでもひととおり教わった。そしてその後、ついに『念願のワックスがけ』へ。
「つけすぎると、塗った痕が残る。つける量が少ないと艶が出ない」
矢野さんがスポンジにワックスを取り『これぐらいだ』と見せてくれ、琴子も頷く。そしてルーフに小さな円を描くように塗り始める。琴子もごくりと喉を鳴らしつつ目を凝らし、矢野さんの手つきに集中。だがそこで矢野さんがやめてしまう。
「やってみな。ここまでな」
「そこまで、ですか」
ほんの三十センチ、くるくると円を描く列を五列ほど塗っただけ。だが琴子もそれを真似してみる。矢野さんがやっていたように。
「次、行くぞ。よく見てな」
「はい」
今度は真っ直ぐ平面にすーっと塗る矢野さん。
「あとはこの塗り方でやるから、ルーフを隙間無くまんべんなく塗りな。半分は俺、半分は姉ちゃんな」
はい。返事をして琴子も見よう見まねでやってみる。
矢野さんも多くはアドバイスはしない。見て覚えろ的スタンスのよう。だから、ほぼ無言でお互いに神経集中。塗ってはワックスが乾く前に拭いてと、部分的にその繰り返し。
最後、バンパーを仕上げ、矢野さんと磨き終わったスカイラインに向かった。
だが、その時点で。英児に見てもらう前に琴子自身が『ガタガタ崩れそう』だった。