ワイルドで行こう
「この差は歴然だな」
スカイラインの半分は見事にムラ無し、ピカピカ。対して琴子が手がけた半分はピカピカ光っても、いろいろな筋のムラが出来ていた。
しかもルーフの上に一番最初にやった円を描いて塗ったところ。そこを矢野さんが指さした。
「以前はこのような塗り方が主流だったんでね。姉ちゃんみたいな初心者がやってこの円の塗りムラがでると、車が鱗みたいに光ってこりゃみられたもんじゃねーんだよ。特に黒は目立つ」
確かに。矢野さんの円塗りのところは、ほかの平面塗りをしたところ同様、筋ひとつ残っていない。その境目もわからない。だが琴子が円を描いたところは、そこだけ見事に鱗の痕。ルーフに三十センチだけ鱗!
「こりゃあ。英児がひっくり返るぞ。覚悟できてるよな」
「はい……もう、しかたがないです……」
無様なスカイラインにしてしまい、琴子もがっくり項垂れた。
「家庭で気軽にワックスをかけるならどうやってもいいんだよ。だけどな、俺達はこれで食っているから客が喜んで持って帰ってくれるように仕上げなくちゃいけないんだ。わかったな」
「はい、専務」
琴子が頷くと、矢野さんはやっぱりあの目尻の微笑みを見せてガレージに向かった。
整備をしていた英児が矢野さんと並んで出てくる。琴子はドキドキした。こんなムラ筋だらけになった車にしてしまい申し訳ない気持でいっぱいに。彼が常に綺麗にして乗っている車。特に、良く乗っているスカイライン。しかも龍星轟のステッカーを貼っている『龍星轟タキタ店長の車』を、こんな姿にしてしまって――。
彼とドライブをしていると、よくクラクションを鳴らして挨拶をしてくれる車が多い。走り屋風の若者だったり、車が好きそうなおじさんだったり。中には外車に乗っているマダムもいた。そんな彼の助手席にいて琴子も感じた。英児が乗る車は『龍星轟の看板、宣伝カー』でもあるのだと。だからいつもピカピカ、そして格好良く、車屋らしく。でも、その車を彼の愛車を、琴子は――。
怒るのか、呆れるのか。褒めてはくれないだろう。彼がスカイラインのボンネット前に立ち、琴子も覚悟する。
彼が車をひと眺め――。
「マジかよ……。ここまでとは、」