ワイルドで行こう
 人気もない夜道に突如として出現した、妖しく黒々と光る車。しかもその車、すっごく車高が低い。暗い中でも緑色のメーターライトだけが光っている運転席。激しい音楽。暗闇に現れた黒い車なのに、そこが一番煌々と煌めく銀色のホイール。いかにも『走り屋』の――。
 まずい、どうしよう……? 夜を横行する男と接触してなにかトラブルにでもなったら!?
 一気に身体が硬直する。しかもくわえ煙草のもっさい男! 行かなくちゃ、関わらないよう声をかけられないように、さりげなくここから去らなくちゃ。急に琴子の心臓が騒ぎ出す。
「そこ、いい?」
 煙草をくわえたままの男が、かったるそうに目を細め話しかけてきた。自販機前に佇んでいるだけの琴子はビクッとする。
「買ったならどいてもらえる」
 作業着風の紺色ジャンパージャケット。なにかの作業員? ぶっきらぼうに言った彼だが、話しかけた女がいつまでも固まって動かないので、訝しそうに下から上までじろじろと琴子を眺め始める。そこでやっと琴子ははっとし自販機から退く。そうだ、関わらずに早く去ろう。踵を返し足早に帰り道へと戻る。
 離れたのに、琴子の背後から煙草の匂い。湿った空気に乗って琴子を追いかけてくるようで顔をしかめる。この道をまっすぐ、次の角を曲がったら母が待つ家がある。琴子は急いだ。
 
 そのうちにバタンと車のドアが閉まる音が聞こえ、ホッとした。
 男は琴子に関心など持たず、車に乗り込み何処かに消えていってくれる。
 再びブウンと唸る黒い車。本当に乱暴そうなエンジン音。耳にかかっていた伸ばしっぱなしの黒髪に、無精髭、覇気のない眼差し、薄汚れた紺色の作業着、くわえ煙草。だらしなさそうな男。気持ちが荒んでいる琴子は心の中で叫んだ。『さっさとその格好つけた日産車でどっかに行ってしまえ』。表に出ない悪態――。自分も荒っぽいではないか、最低だ。我ながら情けない……。それでも、琴子の願い通り、その車は雨に濡れた路面にタイヤをギュギュッと鳴らし、アクセルをふかし走り始めた。だが同じ方向にやってくる。歩道を歩いている琴子の横を通りすがっていくところ。琴子の目の前に水溜まり、そこを避けて先へ進もうと――。
「……きゃっ!」
 田舎の路面にできた水溜まり。そこを男の車が通った途端に飛沫が散り、歩いている琴子へと容赦なく飛ばされてきた。
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