ワイルドで行こう

「乗ってけよ。っていうか、乗れ」
 あの目がぐっとこちらを促すような威圧を見せたので、琴子は二つ返事で車へ向かう。
 助手席に乗り、シートベルトをすると直ぐに車が走り出した。
「元気に通勤しているみたいで、安心したわ」
 緩く笑った矢野さんに、琴子もそっと微笑む。
「会えないのは苦しいけど。でも、私から突き放してしまったわけですから」
「ったく。おめえは本当に馬鹿だな」
 千絵里さんと英児が思わず再会したことを報告した時も言われた。そんなことよりお前、遠慮するなよと言ってくれた。
「そうですね。馬鹿だったなあ……と後になってじわじわ。困っている彼を一人きりにしてしまいました。私、一人にしないと約束していたんです。なのに」
「ああ、もう英児のやつ。すげえ落ち込んでいるぞ」
 そう聞けば、置き去りにしてしまった恋人としてはドキリとする。そこでやっと琴子は、笑む余裕をなくし唇を噛みしめ俯いてしまう。
 駅界隈の住宅地を抜け、白いマジェスタが夕暮れのバイパスをどこともなく走っていく。暫し言葉を失った琴子は、そっと聞いてみる。
「あの……」
 『落ち込んでいる』の一言が思いの外ショックだったのか、声が掠れていた。自分でも驚いたが矢野さんは見知らぬふりで運転をしながら『なんだ』と返してくれる。
「英児さん……。私のこと……」
 最初の留守電を聞いた時は安心していたが、それっきり。本当に連絡がこない。それはそれで、さらなる不安とあらぬ妄想を生んだ。やはり裏切ったと思い始めているのではないだろうか、とか。信じているんだから、そんなこと気にしなければいいのに――。でも大丈夫、きっと大丈夫。その繰り返し。そのぐらぐらと揺れる心をはね除けるために、琴子はあることを始めたところだったのだが……。
 そんな琴子をちらりと確かめて、やはり矢野さんは呆れたため息をこぼした。
 夕暮れのバイパス、目の前に見える山の端に夕日がさしかかるところ。マジェスタはフェリーが着岸する港町へと向かっていた。
 暫くして、矢野さんが教えてくれる。
「ほんと、英児のやつイライラしているわ。琴子は英児が千絵里と鉢合わせてしまったから、動揺して仕事でミスしないよう俺に見ていてくれといったけどよお。お前がいない方がよっぽど危なっかしいわ」
 え、そうなの。と、琴子はまた申し訳なくなって矢野さんと目が合わせられなくなる。

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