ワイルドで行こう

「英児に届けてくれと言われて持ってきた」
 二人で楽しんで買ったものだった。雑貨を選ぶ琴子を、あの目尻の皺が優しく滲む笑顔でとことん付き合ってくれた英児。彼が琴子にと買ってくれたアクセサリーもある。
 だが、そんなことより。それを彼自身が届けたいと望みながらも、それが出来ず信頼できる親父さんに頼んだ――その状況に絶句した。それだけ『こじれている』ということだった。琴子は青ざめる。覚悟をしていたつもりだったが、今ここで『時間がかかる』と予感したのだ。
 そんな琴子の様子に気がついたのか、矢野さんもそんな『女の子』の顔は見ていられないとばかりに、目線を正面の港へと移してしまう。だがそこで突然告げた。
「千絵里な、百貨店の仕事を辞めていたんだわ」
「えっ」
 まさか。百貨店で花形の婦人服フロア、しかもプレタポルテ。そこで一番売り上げを持っているだろう大手有名メーカーのブランドショップ。そこの店長なのに!?
 また、琴子は驚きで言葉が出なくなる。
「ここ数日で、少しずつ『事情』が見えてきたところだよ。しかも、千絵里のおふくろさんが闘病生活しているらしく、娘の千絵里に看病の負担がかかっているらしくてな」
 またまた琴子は絶句。まさか。彼女まで、英児や琴子と同じような、両親を病魔に襲われるという苦難に遭っていたなんて。
 矢野さんも、やるせないため息を落としている。
「英児と琴子が市駅の百貨店で千絵里と会った時には、もう決まっていたそうなんだ」
 あの頃に彼女は退職を? きっと頑張ってきた仕事、それを辞めることになった。なのにそんなときに……。もう本当に痛々しくて、琴子はなにも言えなくなる。
「英児との結婚が破談になって、その後は女一人肩肘はってのキャリアを目指すことに没頭した千絵里なんだけどよ。やっと手に入れた念願の店長の座を、母親の看病で維持できなくなって退職を決意したんだと。意にそぐわない状況を強いられての退職決意。そんな時まさかな、昔の男がさ、新しい恋人連れていたら、そりゃ……辛いよな」
「そうだったのですか……」

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