ワイルドで行こう
「千絵里の父ちゃんは、ちょっとした事業をしている社長なんだけどよ。ワンマンで気性が激しくて、昔気質な男尊女卑の固まりでな。母親が病気になっても会社が第一で、あんまり看病をしてくれなかったそうなんだよ。だから見かねて千絵里がこっちに帰ってきたらしくてな」
そこまで聞いて、琴子にもうっすらと彼女があんな狂気に陥ったのが何故か透けて見えてきた。
琴子が思い浮かべたことをそのまま、矢野さんが語り始める。
元より『店長』に昇格したのも、母親の看病に偏るようになってから神戸の第一線での戦力が落ちてしまったから、こちらの地方への転属を言い渡されとのことだった。阪神という都心での活躍の場から退くことになっても、そこは地方であれど『店長』という肩書きをもらっての転属だったという。だが千絵里さんにしてみれば、第一線から退くための引き替え条件でもらったようなポジション。有名ショップの店長でも、地方に転属。第一線から脱落。それは結婚を諦め、仕事で邁進してきた女性には辛い通告だったことだろう。
だけれど、家族に冷たい父親に任せておけず、なおかつ、一人娘の彼女にはその母親だけが自分の味方。その母を放っておけないから、第一線脱落を甘んじた。それならば、地方でも。神戸のショップより売り上げを叩き出して、トップになってやろうと決意をしてこの街に戻ってきた。
しかし。そう甘くはなかった。母の看病をしやすくなったが、今度は店長としての仕事が上手くいかない。阪神というショップでのシビアさが、こののんびりした地方の百貨店では通じず、次第に孤立する日々。その影響が売り上げを落とす。八方塞がりになる。
母の病状も一進一退。彼女一人の力では、もうどうにも回らなくなる。売り上げを落とし、今度は店長降格か。そんなの耐えられない。だから自主退職を決めた。
この苦しい日々に思い出すのは『彼』。どうしてあんなことになったのだろう。この苦難は、あのとき、彼を理解できなかった自分への罰なのだろうか――。千絵里さんはそう思ったそうだと、矢野さんが話す。
「英児なら、分かってくれるだろうという頼りたい気持ちと。自分の母親も看病が必要な状態になって同じ状況におかれ、初めて『あのとき、悪かった』と己を責める気持ちがあって、すぐには会えなかったそうだ。仕事を辞めたら、今度こそ英児に会いに行ってせめて『謝るだけでも』と決めていたんだそうだ」
「なのに……。英児さんの隣に、私がいたから……?」
ああ、と矢野さんが頷く。