ワイルドで行こう
「そうなんだ」
先ほどまで、英児が大好きな微笑みをみせてくれていた琴子だが。英児同様、琴子自身も『いま言うべきかどうか』を思いあぐねていたようだった。
少し前。あの男は結婚をダシにして、自分から切り捨てたはずの元恋人である琴子に近づいてきた。しかも琴子がたった一人で英児を待ってくれている、女心も心許ない時期に。元恋人である琴子の上司、三好社長とのコンタクトを計るためのプロポーズという作戦。一人で寂しく過ごしているだろう琴子の心根を利用するように、うまくいっていない仕事の窮地から抜け出そうとしていた。勿論、彼女はそんな別れた男の思うところなど既にお見通しではね除けてそれっきり。だが最後に彼女は言ったのだ。『私は貴方とは結婚しない。結婚しても事務所は辞めない。それでもいいなら……別れた女がいても平気なら、いつでも三好社長に取り次いでもいい』と。
あの男。やはり、琴子に甘えてきたのだろうか。そう思うと、密かに腹立たしくなる。気の優しい彼女を傷つけるような接触を試みて、断られて高価な結婚指輪を無駄にして男としてのプライドも砕かれたはずなのに。それでも琴子を頼ったのかと。
「彼ね。自分から三好社長に交渉しに来たの」
「え、そうなんだ」
琴子もそこはきちんと婚約者の英児に言っておこうと気にしていたのか。先ほどまで愛らしい笑顔だったのに、とても思い詰めたものに変わっていると英児は感じる。
「いいんじゃねえの。仕事するために、瀬戸際で踏ん張ろうとしたんだろ」
お前のこと、信じている。あの男がいたって、どうってことねえよ。そう言いたいから、平気な顔を英児から見せた。するとやっと彼女がホッとした顔になる。
「……なんかね。彼、変わったみたい。無愛想なのは相変わらずなんだけれど。変なプライドがなくなったみたいで」
『本物の男』ならば、そうなるはず。英児は思う。別れた女を利用しようとしたが、逆に彼女から強烈なカウンタアタックを喰らって撃沈した男。それでもKO負けした別れた女がいる事務所に敢えて、自分から挑んだ。もうその時点で、自分を雁字搦めにしていた変なプライドを捨ててゼロからスタートをしたのだろう。英児はそう感じた。
案外、男じゃねえかよ。
本気でそう思った。それと同時に、やっぱり英児が惚れた女がずっと前に惚れて選んだ男だったのではないかと認めたくなってくる。