ワイルドで行こう
琴子は『雅彦君は自分の世界が大事だから、私のことなどあまり気にしていなかった』と言うことがあった。だが、彼女が毎日オフタイムで愛用しているものを覚えているということは『見ている部分もあった』ということ。
「彼女。生粋の女の子でしょ。目立つような子じゃないけど、いわゆる『女子』というものに溢れているというか」
うわー。この男もしっかり今カレの俺と同じことをちゃんと感じていたんじゃないかと、英児の胸はますます締め付けられる。
「そんなガーリーな趣味の彼女と、ハードな旦那さんの感覚を融合させるところで、どうしても躓いてしまって」
それって。俺と琴子が『まったく融合するはずもない違う世界にいるから、デザインしようにもまったく噛み合わない』とでも言いたいのか。なんて、前カレから言われると一瞬はそう感じてしまう英児。それはそれですぐに自己嫌悪に変わったりもする。
しかしそこで、なにかを悟っているのか。スケッチブックを見つめたまま黙っている英児から、雅彦自らスケッチブックを取り去っていってしまう。
「……ですが。必ずオーダーに適うものを創ってみせますから」
なのに。雅彦がそこで微かにため息を漏らしたのを英児は見逃さなかった。彼もどこか苦い顔、に見える? そこで英児も思い改める。彼にとっても……。別れた彼女と彼女が結婚しようとしている男を融合させるものをデザインする仕事なんて……。もう終わった関係と解っていても、やりにくいに決まっている。
しかし。そこは男同士。各々が持っている『男の情熱』にプライドがあるなら、心に折り合いをつけ、摺り合わせ、ここを互いに乗り越えねばなにも生まれない。
「俺。本多さんの誰にもできない、俺しかできないと訴えかけてくるムードが気に入ったんですよ。頼みますよ」
「勿論です。俺も、いまの龍星轟のロゴと対等になれるものを作り出すことは、久しぶりのチャレンジですから。それに、これが街中の車に貼られる、対象者が多い、これだけの好条件のオーダーはデザイナーにとって願ってもなかなか無い仕事ですから」
そこで英児はやっと知る。多少のわだかまりが残ってはいるが、雅彦が真向かっているのは『東京プロがデザインした今ある龍星轟ロゴ』なのだと。英児が頼み込んだ東京のプロ。いまはこの地方で車好きの男達がこぞって貼ってくれるステッカー。その対になるレディスステッカーを作るには、その中央にいるプロと並ぶものを作り出さなくてはならないと言うこと。しかも『多数の対象者』は、デザインものにはうるさい『女子』達。
もうその気持ちなのか。雅彦はすぐに白いページを開くと、フェアレディZのスケッチを始めた。