ワイルドで行こう
父ちゃん。ハチロク、借りていく。
土曜の夜、週末。店じまいをして従業員が帰った後。事務所を閉める忙しい時を狙って、娘が父親が所有する車のキーラックから『カローラレビンAE86(ハチロク)』のキーをかすめ取っていった。
「こんの小娘、待ちやがれ!」
父ちゃんの叫びも空しく、娘はひょいと事務所のドアを開けて飛び出そうとしている。だが、親父も負けない。素早く追いかけ、首根っこを捕まえ事務所に引きずり戻した。
最低限の約束は『黙ってキーを持ち出さない(母ちゃん除く)』。だから一声はかけたが、あとは乗って行ってしまえば『こっちのもん』と思ったようだった。だが、娘も父親の叫びが『いつもより怖い』と悟ったのか、毎度の強気もどこへやら。無言で言い返してこない静かな娘。
そんな娘『小鳥』を英児は見下ろす。 黒髪ポニーテール、拗ねた顔とか目つきが若い時の俺にそっくり。これがまたどうにも腹立たしい。どーして可愛い母ちゃんに似るようにしてあげられなかったのか、と。
そのうえ、車に乗って出かける時は龍星轟のジャケットを羽織っていく。なのに、そんな娘からは『あの女の匂い』。ここ数年、女房の琴子と同じ匂いを感じるようになった。
つまり。娘が女になってきたということ。
ボーイッシュな服装を好むところはあるが、あの琴子ママが育てただけあって、中身は『きちんと女子』。身だしなみもきちんと、黒髪も長く伸ばして綺麗に手入れをしている。可愛い小物だってひっそり隠し持っている。ただ外見がボーイッシュなだけ。さらにさらに、ママに似て着痩せする女っぽいボディスタイルまで隠し持っている。女らしくすればママのように絶対に『女っぽい女』のはずなのに。しかしママと正反対なところがひとつ、『気が強い』こと。それが玉に瑕。
高校卒業したばかりの十八歳。母親と同じ女子大学に通っている。女の子らしい学校で地元では有名。なのに、この娘と来たら。そういう男っぽい格好で、夜な夜な車に乗って出かけてしまう。
『走り屋』とつるむなんて。夜が多く、しかも男ばかり。こんなこんないい匂いがする女を、若い男共が放っておく訳がなかろうに!
娘がレビンに乗る乗らない以前に、英児の『駄目だ、まだ駄目だ』という頑固さはそこにある。
しかも80年代もののハチロク・レビンなんかで峠を走った日には、どれだけ目立つことか!