ワイルドで行こう
 それでも二人で道具など、散乱したままにしないよう片づける。あっという間にびしょ濡れになった。
「二人とも、戻ってきなさい」
 母の声を合図に、琴子も彼も一緒に玄関へ駆ける。
 その途端。空がピカリと光り同時に『ドドドドン!』と空を揺るがす雷鳴まで。
 玄関の軒下に辿り着いたものの、二人ともずぶ濡れだった。
「やだ、もう。だから夕立って嫌い」
「俺も。この季節の夕立はやっかいだよな。これで外でワックスがけしていたら最悪なんだ。俺の敵」
 激しい雷雨。この地方、夏の間に激しい夕立になることは良くあること。そんな季節が到来といったところだろう。
「あと少しで終わったのに。もう今日は駄目だな」
 目の前、すぐ側にいる彼を見て、琴子は急に言葉が出なくなった。だって……すっごいドキドキしているから。
 びしょ濡れの彼。すごい大人の男……の匂い? これが彼も言っていた『匂い』ってもの? 琴子もそれを嗅ぎ取っていた。
 汗だくで身体に貼り付いているティシャツが雨でますます彼の肌にぴったり貼り付いて身体の線を露わにして……その、胸先とか男っぽい体毛まで透けちゃって……。ずぶ濡れになった長めの前髪かき上げると、ちょっとワイルドなオールバックになって。それでいつもの怒った顔で空を睨んだりして。それに確かに、汗なのか体臭なのかトワレの香りなのか。そういう入り交じったものが濡れた途端に、琴子の鼻先にふわりと取り巻いてまとわりつくように……。これがまさか彼が琴子からも嗅ぎ取っていた『匂い』? 男性から鮮烈に感じた初めての匂い。ある意味初体験。ドキドキしないはずがない。
 もしかして、もしかしなくても。ああ、ダメだわ。きっと私、私……。
「もうーすっごい雨ね。ほらバスタオルよ。二人とも早く入りなさい。あったかいコーヒー入れてあげるから」
 母が玄関を開けて迎え入れてくれたところで、琴子ははっと我に返る。
「俺、汗だくになると思って着替え持ってきたので車に取りに行きますね」
 彼がスカイラインに走っていく。
「琴子。あんた頑張ったね。有り難うね」
 半日、庭の手入れをやった娘を見て母は喜んでくれた。
「うん。私、シャワー浴びてくる」
 でも今は。母の顔さえまともに見られそうになかった。
< 56 / 698 >

この作品をシェア

pagetop