ワイルドで行こう
「気にしないで。私たち母娘が立ち直ろうとしているのだから。本当に感謝しているの」
「だから、礼はもういいって何度言えば……」
「最後にもう一度だけ言わせてね。有り難うって。怒らないでね」
 琴子に気持があっても、彼はいつも通りにお世話してくれただけ。行かないでと言ったら……困った顔をするのだろうか。
「怒ってねーよ」
 気がつくと、彼の長い逞しい腕が琴子の肩を抱いていた。
 ぐっと彼の白い長袖シャツの胸元に引き寄せられる。
 しかも。あっという間に彼の唇が琴子の唇と重なりそうに……。あまりの素早さに身動きも出来ずに目を見開いているだけだった。
 でも、唇に甘い味はまだこない。琴子の唇をふさごうと身をかがめた彼が、唇の側で熱い息を吐いて止まっているだけ……。
「……俺、どうかしている」
 離れてしまう。衝動的になったが、やはりそれは衝動的であって琴子の為じゃないと思ってくれたのだろうか。
 だから……。今度は……。琴子から彼の側に寄った。ほんの少しだけ。彼の白いボタンシャツの胸元にそっと額をつけただけ。
「俺なんかで――」
 寄り添った琴子の耳元で、彼が自信なさそうに囁いた。そして琴子は僅かに頷く――。『いいの』と。
 すると。首筋に熱い感触。唇じゃない……。彼の最初の口づけは、琴子の耳たぶの下、首筋。
「今日もする。あの匂いが」
「シャワー浴びちゃったのに?」
「うん。動きまくって汗をかいてくたくたに力尽きる前の女の匂い、そして今日は石鹸の匂い……」
 そういって首筋に鼻先をこする彼。それだけで、琴子の肌は痺れが走るように震えた。
< 60 / 698 >

この作品をシェア

pagetop