ワイルドで行こう
 でも――。琴子の身体も熱くて仕様がない。そのまま流されて良いなら、あの古い部屋でも、彼ととことん睦み合って眠ってしまいたかった。
 きっと、あの部屋で彼と迎える入り江の朝は素敵だっただろうな。そう惜しんでいるほど。
 それにしつこいほど熱烈に抱きしめられても。これほど幸せなことって、そうそうないだろうと思った。
 ――いままでの私、なんだったのかしら。
 確かに身体は大人の経験をしてきたはずなのに。この夜の行為は、とてつもなく『女』だったと思う。なにせ、琴子は男と寝て初めてイクという快楽を得てしまったのだ。だけれどこの彼なら――、あそこまでリードされてしまっても当然かと思っている。彼の、女の恥じらいを上手に快楽に導く自然さが。そして女を狂わす巧さを感じずにはいられなかった。女の性を引き出され、そして琴子もその姿に変貌することを厭わなかった。そこまで我を忘れて睦み合った自分を思い返すと……今は恥じらいが生じる。だけれど後悔はない。
 胸を張って言える。私は思いっきり女になって、彼を愛し尽くしたって。今度はベッドで彼に褒めてもらえる。『くたくたになって力尽きた女は、やっぱスゲーそそられる』と――。だからなのか。ぐったりしている琴子の肌を身体を、彼はもう一度隈無く愛撫してくれた。
 そんな女としての至福。もし、この一夜が一夜限りでも。これから先ずっと、一度きりでも『女』として燃え尽きた夜を糧に生きていける。そう思える一夜に出会えたことは、女として幸せなことだと噛みしめていた。
 
「今度の土日の休み、うちの店に来てくれよ」
 琴子の手を離して、海沿いのカーブに沿ってハンドルを回す英児が急にそう言い出した。
「いいの? 社長さんになにも言われないの?」
「あははは!」
 彼が笑った。
「言わねーよ。その代わりさ。俺の上司だからさ。『私、滝田の女です』て、可愛く挨拶してくれる?」
 妙に含んだような言い方に意味深な笑みを向けられる。
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