愛を餌に罪は育つ
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目の前に横たわる男をただ見ていた。


青白い顔――もう目を覚ます事はない。


退院して直ぐにこの男の元を訪ねた。


自分の目で見て安心したかったから。


もっと苦しそうな顔をして死んでくれてたらよかったのに。


安らかに眠っているように見えて何とも言えない苛つきが胸に広がった。



「何も知らないまま死ぬなんて本当におめでたい人――」



目の前の男が生前いつも私の事を舐めるように見ていた事には気付いていた。


だけど気付かないふりをしていたのは色々と都合が良かったから。


いつだって私の我儘をきいてくれた。


馬鹿みたいに。


死んでいるのも確認出来た事だし、もう秋の待つ車へ戻ろう。


そう思い彼に背を向けたが、そういえば言っておきたい事があったんだと思い少しだけ体を後ろに向けた。



「朝陽は二人きりで過ごす甘い時間の時は、美咲じゃなくて“ミー”って呼んでくれてたんだよ」



貴方は私の事をミーなんて呼んだ事ないよね。


まぁ知らなかったんだろうけど。



「それなりに楽しかったよ。バイバイ、お兄ちゃん――」







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