わかれあげまん
「柚!」
突如向かい側の畔向こうから凛と張りつめた声が飛んだ。
自分を呼ぶ声だった。
聞き覚えのあるなめらかな、低い声。
柚はまるで悪夢から覚めたかのように涙を止めた。
「…!?」
気のせい。だよね?
そんなはず、ないよ。
涙は止まったが、俯いた顔を上げることはできなかった。
顔を上げた先に誰もいなくて、幻だと思い知るのが怖かったのだ。
するとまた。
「…ゆず」
さっきより距離を詰めた、穏やかな声。
ドキン、と大きく拍動した胸を押さえ。
ギュッと目を細めてから、柚は恐る恐る顔を前へ向けた。
涙でぼやけた景観。
その視界の端の、畔向こうの道路脇に駐まっている銀色のバンが見えた。
カサカサと、枯れた草を踏みしめる音が近づく。
音の方に視点を合わせると、そこに。
小走りに、まっすぐに自分の方へと歩み寄るその人を捉え。
柚は愕然と目を見開いた。