ブラッディマリー
 


「君子はな……仕組まれた見合いの席で出会った儂を、本当に慕ってくれた。世間知らずで何も判らないあれを妻にすることを、儂も躊躇わなかった」


「……何も知らない女の方が、都合がよかったんじゃないのか」


「ちょっと、和……」



 和の皮肉に、敬吾は喉の奥で笑いを漏らし、苦い表情を浮かべた。



「まあ、それは否定せん。儂のすることに口出しをしないような女であれば、誰でも構わなかったことは事実だ──だが、あれはそれでもいいと言った」



 和は眉根を寄せ、口の中で小さく舌を鳴らす。思わず、舌の先端をちりちりと歯で噛んで痛めつけたい衝動に駆られた。蔑み、罵りたくても、しっくり来る言葉が見つからない。



 いっそ胃液をごぼりと吐き出してしまえたら楽だと思うような、焦りに似た苛立ちの正体は、フラッシュバックの君子の最期の姿。



 それを判っているのかいないのか、敬吾はふと目を細め、続けた。

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