ブラッディマリー
 


 日付が変わり、店内は閑散としていた。


 やはり煉瓦造りの階段を降りてドアを開ける、というのは雨の日には避けたい動作なのかも知れない。


 現に和とて、働いているのでなければわざわざ足場の悪い階段を降りたいとは思わなかった。



 閉店時間である1時より前に最後の客は帰ってしまい、店内に閑古鳥が鳴く。


 俊輔は珍しく自分で洗い物を始めると、ふあ……と小さく欠伸をした。



「俊さん、そんなの俺がやるのに……」



 和が立ち上がろうとすると、俊輔はくわえ煙草のまま「たまにはいいって」ともごもご呟く。



「水がそろそろぬるくなって来たな。春も終わりか」



 特に感慨深いという様子でもなく続けて、俊輔はグラスを電球に翳し、くもりがないか確かめる。その横顔を、和はぼうっと見つめた。


 グラスを洗っているだけなのに、普通の女ならまず間違いなく見とれる端正な顔立ち。少し長めの、バラバラに切った髪がその表情に程よい影を落として、怠惰な色っぽささえ覗かせる。


 実際ホスト上がりの俊輔は、ホストクラブの経営を始めるのではなく、年老いた男性が細々と営んでいたこの店を3年前に継いだという。


 俊輔目当ての女性客が増えたものの、ホスト時代に比べれば収入はぐっと減った筈だろうに、どうしてこの店を選んだのか。

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