十五の詩
その後、講義に戻ったイレーネはいつになく上の空で一日を終えた。
(ユニスの前で泣いてしまった)
何故泣いたのかは自分でもわからなかった。ヴィンセントの前でも泣いたことはなかったのに。
帰宅してシャワーを浴びようと服を脱ぐと、すらりとした肢体が露わになる。
いつもは気にもとめないが、バスルームにある大きな鏡に映る自分の身体に目をとめた。
他人の目にどうかはわからないが、イレーネは自分の身体を女らしいと思ったことはない。
豊かな胸もなければ、剣術や槍術の時につくった傷や痣が手足に散らばっていたりする。
ユニスが気づいて治してくれた手だけが綺麗になっていて、イレーネはユニスの手を思い出していた。
(ユニスの手は優しかった──)
イレーネの肩には痣がある。幼少の頃に襲われた時の傷だ。
イレーネはその痣にそっと触れ、男は何故女の身体を弄びたがるのだろうと思った。
イレーネは戦災孤児だ。親の顔も名前すらもわからない。
唯一自分の出生がわかるものとして身につけていたものが、名前と生年月日だと思われる数字の彫られたシンプルなペンダントだった。
それも見た目は値打ちのありそうもないペンダントだったため、金目のものとして奪われることもなかったのである。
イレーネが三歳の頃孤児院が夜盗の襲撃を受けた。
自分と同じように孤児院で育った、イレーネにとっては姉代わりの少女達が夜盗に襲われているのを、イレーネはただ恐ろしくて物陰に身を隠して震えているしかなかった。
その時に夜盗が小さくなっているイレーネを見つけ髪を引っ張って引き摺り出した。
「おい、こんなところにガキがいるぜ」
「へへ、お嬢ちゃん惜しかったねぇ。もう少し大人だったらかわいがって貰えたのによ」
「──」
イレーネは物凄い形相で男を睨みつけた。許せなかった。
恐怖と怒りとで震え、涼やかな青い瞳の奥で燃える敵意──。