ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
十一時までのシフトを終えてミツは家に帰る。
夜になっても昼間の熱は消えない。
どこかでセミが鳴いている。
いつからセミは夜も鳴くようになったのだろう。
やっぱり東京が明るいからで、地元じゃ静まり返っているんだろうか。

路地をひとつ曲がり、またひとつ曲がり、アパートにたどり着く。
家賃五万五千円共益費込みの六帖の木造アパート。
地元なら1LDKが借りられる。
二階の三部屋あるうちの一番西側がミツの部屋だ。

アパートの敷地内は舗装されていない。
足元の砂利が音を立てる。
外付けの階段は金属製で、下りる時はちょっと怖いくらいの傾斜だ。
手すりはペンキが剥がれてところどころペロリとめくれあがってる。
手すりを握ったらペンキの棘が刺さりそうだ。
音を立てないようにつま先に力を込めながらミツは階段を上がる。
スニーカーのゴム底が金属の響きを吸収していく。

こんなボロいアパートでもミツにとっては、
憧れの東京生活のスタートだった。
よし、ここから始めるんだ、と、
何もなかった部屋を埋めていくことが喜びだった。

何時間かぶりのマイルームは、熱気が凝縮されて四角く滞っている。
スニーカーコレクションの上にスニーカーを脱いで電気をつける。

洗い物のたまった流し。
といってもそんなにできる料理もないので
レトルト食品を食べたあとの皿とか。
蛇口は締まりが悪く、何十秒か置きに一滴ずつ水が落ちる。
きっと大家が水道局の職員にいくらかもらって、
無駄に水道を使わせて水道代を稼ぐ、そうしているとしか考えられない。

壁にはミュージシャンのポスター。
服が散らばっている床。
でもミツなりに洗うものとまだ洗わないものと区別できているつもりだ。
専門学校に入るとき、
親にねだって買ってもらったマッキントッシュ。
学校の課題で少し使う以外は
ネットとiTunesくらいしか使ってない。

ミツはちょっと迷って窓を開けた。
建付けの歪んだ窓枠がギギギと重い音を出す。
部屋の熱気と大して変わらない生暖かい風が部屋に入り、
西日で色あせたカーテンがわずかに揺れる。
ミツは帰りにコンビニで買ったペットボトルを開けた。

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