ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―

3

専門学校の卒業式を終え、卒業生たちはめいめい集まって
次の飲み会の会場の場所など確認している。
春の近づいた緩んだ空に適度な大きさにちぎられた雲が浮かんでいる。

「ミツ。」
自分を呼ぶ声でミツは声のほうを振り返る。
その声には聞き覚えがあった。
視線の先にはうす桃色の袴に花束を抱えたレミの姿があった。
「卒業、おめでとう。」
レミは花びらに埋もれたあごをあげ、にこりと笑いかけた。

「ああ、そっちこそ、おめでとう。」
レミと会うのはあの日以来だ。
ミツはぎこちなく視線をそらした。
「卒業できてよかったね。」
レミはわざと意地悪そうにミツを覗き込んだ。
少しだけ近づいたレミから香る匂いが、あまりにも嗅いだことのない匂いで
ミツはくらくらした。

「ドキュメンタリー、観たよ。」
「そう。」
「なあに、そっけないね。」
レミは笑ってミツの腕を叩いた。
着物の袖がふわりと揺れて、また知らない匂いがミツをなであげた。

「私もミツと、あんなふうになれたらよかった。」
レミは今までより少し早口で、少し寂しげな低い声で、
少しミツより遠くを見て呟いた。
ミツはレミの見ている方をぼんやりと見た。
何もなかった。
「ミツの誕生日プレゼント用意してたの。」

大きな花束を抱えなおして、レミは春風でほつれた髪を耳にかけた。
特大のつけまつ毛で上からだとレミの瞳は完全に隠れている。
ミツは着慣れないスーツのネクタイを緩めた。
「何買ったと思う?」
レミはミツを見上げた。
「わかんない。」
ミツは答えた。レミは少しほっそりしたような気がした。

「ネクタイ。ネクタイ買ったの。ばかでしょ。」
「なんで?」
「ミツはネクタイなんかしない。」
「そんなことないよ。ほら。」
ミツは緩めたネクタイをつまみあげて見せた。
入学式の前に母親が何本か買ってきたうちのそれを。
レミは首を振った。
髪飾りのラメがキラキラと光った。
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