ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
学生の影がない廊下を歩いていく。
がらんとしたクリーム色の壁に日差しが当たる。
ミツは軽くない足取りで、講師のいる部屋へと向かう。

「失礼します。」
 曇りガラスをはめたドアを開けると、
ミツの担当講師の他に見慣れない男がいる。
色黒の肌をしたヒゲの濃い、おそらく四十代の男が振り向いた。
「中野くん、あ、テープだね。ちょうどよかった。」
 講師は書類の山が連なるデスクからテープを取り出し、ミツに手渡した。

「卒業、おめでとう。」
「はぁ、ありがとうございます。」
色黒の男がこちらを見て笑顔を浮かべている。
講師はその男をちらりと見て、
「紹介したい方がいるんだが・・・飲み会までまだ時間あるだろう。」
「はぁ・・・」

ミツは講師に促されて色黒の男とはす向かいになるかたちでソファに座った。講師は自分のおかわり分と一緒にミツにコーヒーを差し出した。
「こちらは、制作会社でプロデューサーをされている、守屋さん。」
「どうも、守屋です。」
守屋と名乗った男は名刺を差し出した。
ミツはそれをどう受け取っていいかわからず、ぎこちなく両手を差し出した。

ミツの様子を満足そうに見つめて、守屋は話し始めた。
「君の作品をね、見せてもらったんだよ。」
「え。」
ミツは名刺から顔をあげた。
講師は何も言わずコーヒーをすすっている。
「疲れちゃったかい?」

守屋は見透かすようにミツの目を見た。
ミツは守屋の鋭い視線から逃げるように名刺に視線を戻した。
「疲れたというか・・・何もできませんでした。」
「そうか。」
「何がしたかったか、わからなくなりました。」
「うん。」
守屋は深く相槌を打ってミツの言葉に耳を傾けている。

「ただ、残したかったんです。でも、講評で言われたことってなんか違うと
思って、自分のしたかったことがわからなくなった。」
ミツはさっき講師から受け取ったテープをポケットの上から握り締めた。
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