ルーズ・ショット ―ラスト6ヶ月の群像―
「おい・・・。」
「ミツは私の気持ち、全然わかってないよ。」

 いつもなら、レミは防犯ブザーみたいな勢いで、
ツマミを元に戻して静かになるまで止まらない。
しかし、今日は足早に玄関へ向かった。

 バタン、と木造のドアが世界を切り離して、部屋全体が一瞬軋んだ。
テレビの音とミツが残された。
閉まりの悪い蛇口から水が一滴落ちる音が響く。
ポチャン。

 ミツの中には少なからず、レミへの怒りがあった。
どうしようもないミツのことをミツが一番知っている。
レミにわざわざご忠告いただくようなことではない。

「はぁーっ!」
 ため息なのか、ミツは自分の中にあるものを吐き出した。
自分にできないことを頑張っているレミを、励ましてやる余裕もない。
遠まわしにしてはぐらかして、ごまかしてなんとかしようとした。

 ギギーン、ギーン

 こんな気分の時に最も耳にしたくない音が、薄い壁の向こうから響いた。
ミツは薄壁を睨んで、今日こそ壁を叩いてやろうと拳を振り上げた。
 
 おまえはいつも 後悔ばかり
 追いかけて 好きといえ

 鼻歌の音量を少しばかりあげた程度のかすれた声で、
薄壁の向こうは歌った。

聞かれていたのか、ミツは別の怒りがこみ上げてきた。
薄壁の向こうは、何度も同じフレーズを繰り返した。

「いいかげんにしろよ・・・」
ミツは立ち上がり、こぶしを壁に当てた。

ドン。

 部屋と部屋の狭い隙間を湿気を含んだ木材が共鳴し、
しんと静まり返った。

 ミツはそのまま、キッチンを抜けて乱暴にスニーカーに足を突っ込む。
いつかゴミに出される日を待つペットボトルが
軽い音を立てて倒れて転がる。

ドアを開け、外に出る
。鼻歌ギター野郎の部屋を通り過ぎて、急傾斜の外階段を駆け下りた。
転げ落ちそうになって手すりを掴み、ペンキのささくれが手に食い込んだ。砂利で滑りながら、ミツは駅に向かって走り出す。
まだ昼の熱気をはらんだ空気がミツの肺に入っては出て行く。

 おまえはいつも 後悔ばかり
 追いかけて 好きといえ
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