ヘタレな彼氏と強気な彼女
「それでね、それでね……聞いてる? 千歳」

「うん、聞いてるよ。だから学年主任の先生が一輝を目の敵にしてるって話でしょ?」

 今年の春から何十回、いや下手すれば何百回くらいは聞いている話だから、聞いていなくてもそうだとわかる。

「そうなんだよーなんかね、昨日もね、今度のキャンプでやる肝試しでおばけ役やれとか言われてね。僕がそういうの苦手だってわかってるくせにひどいでしょ? でしょ? きっと保坂先生、僕が大学一浪してて、やっと臨時教員になったばっかりだからって僕のこといじめてるんだよ」

 その結論も今までに何百回聞いてきたことだったけど、私はこれまた同じ答えを返す。

「何言ってんの。そんなわけないでしょ? 一浪してようがなんだろうが大学は出てるんだし、臨時教員でも仕事は他の先生と同じなわけだし、保坂先生だってきっと平等に扱おうと思って任せてくれてんだよ。一輝だけがおばけ役なの? 違うでしょ」

「うーん、それはまあ……他の先生たちも一緒にやるんだけどさ」

「ほら、やっぱり。とにかく仕事を任せてもらえたんだから、しっかりやんな! 一輝なら大丈夫だよ」

 肩を叩いて言ってやると、一輝はまだ不服そうな顔をしながらもなんとか笑った。

「千歳はやっぱたくましいよね。同じ年でも社会人経験が違うから、貫禄が違うよ」

「貫禄ってね……短大出てすぐから働いてんだもん。そりゃあ最近まで学生だった一輝とは違ったって仕方ないでしょ? まあ、たくましいのはそのせいだけじゃないとは思うけどさ、我ながら」

「僕、千歳みたいな性格だったらよかったのに。なんかこう、俺様――みたいなタイプに一回でもいいからなってみたいよ」

「何ばかなこと言ってんのよ、一輝にそんなの似合わないよ」

 笑い飛ばしたこの時には、まだ思いもよらなかったのだ。

 まさか、それからすぐに一輝の言葉が実現するなんて――。
< 3 / 19 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop