秘書室の言えなかった言葉
「倉木?」


普段、俺がこんなに声を荒らげる事はないから、佐伯さんは少し驚いている。


佐伯さんは上司、佐伯さんは上司……


呪文のように唱えながら、今にも佐伯さんに突っ掛かりそうな気持ちを抑える。


「いえ、大丈夫です」


全くもって大丈夫じゃないのだけど。


「あの……、連れて帰るって園田をですか?」


俺は答えの解りきっている質問をする。


「あぁ、そうだよ。知里とちゃんと話をしたいのに、いつも警戒されるんだよな」

「話って?」

「もう一度、やりなおさないか、って話」


そう、佐伯さんはさらっと言ったんだ。

俺は一瞬固まった。

佐伯さんが知里の事を狙っているだけだと思っていたから。

だから、佐伯さんの口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。

固まって言葉の出なくなった俺の事なんて気にせず、


「俺が本社にいた時、付き合っていたんだけど……。俺が大阪転勤になって、あまり会えなくなって、そのまま自然消滅」


佐伯さんは、聞いてもない事を話し出す。


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