秘書室の言えなかった言葉
「そ、そんな事、ないよ?」


佐伯さんの名前まで出してみたのに。

やっぱり知里は話してくれない。


今、佐伯さんと何の関係もないのなら……

佐伯さんの事を何とも思っていないのなら

ちゃんと話して欲しい。


知里は今、佐伯さんの秘書。

二人きりになる事は、もちろんある。

そりゃぁ、いい気はしないけど……

でも、それは仕事だ。

そんな事は言ってられない。


知里の気持ちを疑っている訳じゃない。

いや、正確には“疑ってはいなかった”だな。

だけど、昨日の寝言。

もしかして、本当は今も佐伯さんの事?

その考えが頭から離れず、俺はすごく不安になる。


佐伯さんは、知里とよりを戻したがっている。

知里は、佐伯さんの事を話してくれない。

っていう事は、知里も佐伯さんの事が今も好きで、二人は想い合っている?

そう思えて仕方がない。

だから、知里が話しやすいように佐伯さんの名前を出してみたのに……


「そうか。わかった」


そして、俺はため息を吐き


「俺、ちょっと出てくるわ。知里は頭が痛いのが治ったら、帰れ」


そう言って、部屋を出る。


今、知里と一緒に居て、このままこの話をしていたら、ちゃんと話してくれない苛立ちと不安で責める言葉をたくさん言いそうだったから。


「えっ?どこ行くの?」


慌ててついて来る知里の言葉を無視して、そのまま外へ――…


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