秘書室の言えなかった言葉
「英治、まだ仲直りしてないだろ」


社内を歩きながら、真人は小声で言う。


「社長、今、そのお話は……」

「大丈夫だろ。今、周りに誰も居ないし」


19時を過ぎた社内。

ほとんどの社員は仕事を終え帰っている。


「そうですけど……」

「ってか、早く仲直りしてもらわなきゃ、俺が困るんだよ!この1週間、英治、ボーッとし過ぎ。ミスが無いのは救いだけど……。ただでさえ、今、俺の秘書は英治一人なんだから、しっかりしてくれよ」


真人はぶつぶつとぼやく。


俺、そんなにボーッとしていたか?


まぁ、このままじゃいけない事はわかっている。

俺もいい歳をした大人。

知里の本心を聞くのが怖いからって、いつまでも逃げてちゃいけない。

ちゃんと話をしなければ。


「もしもし、どうした?」


知里の事を考えている俺の隣で、真人は誰かと携帯で話している。


「……わかった。もし、会ったら伝えておくよ」


すごく柔らかい表情、そして優しい口調。


きっと電話の相手は、彼女だろう。


そんな事を思っていると、ちょうど通った秘書室の中から、物音が聞こえる。

そして


「イヤッ!!」


知里の声が。

俺は慌てて秘書室のドアを開ける。

すると、目の前に見えた光景。

それは――…


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