抹茶な風に誘われて。
「あら、いいのよ、そんな……本当に少しお話したかっただけだから、おかまいなく」

 風炉釜の用意を始めた俺を見て、遠慮する彼女に「すぐできるので」と短く返すと、奥へ茶碗を取りに行くことにした。

 少し考えてから、月とススキの描かれた黒楽茶椀を選び、応接間を兼ねた茶室へ戻る。

 手早く濃茶を点てて差し出すと、藤田葉子はさりげなく今日の茶花――庭のむくげと、河原からとってきたススキ――を見てから、そっと茶碗を手に取った。

「作法はよくわからないんだけれど……素敵ね、どちらのススキも秋の風情があって」

 微笑んだ彼女の瞳は、訪ねてきた時の切羽詰ったような色がそがれた、優しいものになっていた。

 血はつながっていないものの、人の良さがそのままにじみ出た微笑は、純粋なかをるのものと重なる。

「おいしいわ。どうもありがとう」

 素直に礼を言われて、頭を下げる。

 茶道の動作からではなく、なぜか自然と返礼したくなるような、そんな雰囲気を持っていた。

「それで、ご用件は――?」

 茶を飲み終わるのを待って訊ねると、藤田葉子は再び表情を引き締めて、しばらく畳の上に目線をさまよわせてから口を開いた。

「それがね……あなたにこんなこと言っていいのかわからないんだけれど、やっぱり黙っていられなくて」

 瞳だけで続きを問う俺に、「あの、かをるちゃんには言わないでって口止めされてるから、私が話したこと黙っておいてくれるかしら」と付け加える。

 ますます何の話だと困惑したが、長い沈黙に我ながら辛抱強く耐えて、続きを待った。

 少し開けてある障子の隙間、ふっと吹き込んできた風に勇気を得たように、藤田葉子が話を始めた。

 ぽつりぽつりと打ち明けられるその内容に、俺は耳を疑ってしまう。

「かをるが、いじめられてる――?」

 なんだそれは、と顔に出してしまった俺に苦笑いして、彼女は頷いた。
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