抹茶な風に誘われて。
「――米沢織か。なかなか良い物を着ている」

 私の隣へやった視線をまた座卓へ戻して、ぽつりと呟く。

 その声に静さんも無表情だった口元に笑みを宿した。

「……おかげさまで」

 低く短い返答に、お父様は何とも言えない複雑な表情を垣間見せて笑った。

「まさかお前が着物を好んで着るとはな」

 家を出て行った息子が、という意味が込められた言葉であることは、私にもわかる。

 皮肉というよりも、ただ何か感慨がこもった口調だった。

「――着物には何の罪もありませんから」

 今度の静さんの回答には、あきらかな皮肉が感じられて、私ははっとして顔を上げる。

 心配したような挑戦的な顔はしていなかったけれど、グレーの瞳はいつもより冷たく見えた。

「……まだ、私を恨んでいる、か……まあ、その気持ちはわからんでもない。だが、十年以上一度も顔さえ見せぬというのはどういうことだ」

「顔を見せずとも、私の動向はよくご存知だったようですが」

 取り付く島もないとはこのことか、と思うくらいに早速返される言葉。

 それは静かな和室を余計に静まりかえらせるもので。

 困ったような顔で俯いたお父様が、眉を寄せて湯気の立つお茶を見ながら続けた。

「家を出たとはいえ、お前は一条の息子だ。どこで何をしているのかぐらいは、親として知っておく権利があるだろう」

 そう言ったお父様の膝に置いた手が、わずかに震えている。

 すぐ拳の形に握られてしまったから、静さんは気づかなかったようだった。

「京都の大地主、それだけでは留まらぬ経済的成功を収めた一条グループの、元跡取り息子として――という意味ですか」

「……そうだ。跡取りとしての義務を放棄した、出来損ないの息子ではあったがな」

 握っていても震える拳がついに座卓に打ち付けられて、置かれていた湯飲みがかちゃんと音を立てた。
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