抹茶な風に誘われて。
「義務――? 義務なら果たしたはずだ。あなたの望んだレールを、一ミリの乱れもなく走ってやった。それで十分だとは思わないのか」

「レールだと? しかるべき教育として定めてやった道筋をそう呼ぶのなら、きちんと走りきってから義務を果たしたと言えるのではないのか。お前にかけた莫大な手間と費用を無にしたことを、謝ろうという気はないのか!」

 がたん、と座卓にあたった膝をかばいながら立ち上がったお父様に、静さんのグレーの瞳が厳しく向けられる。

 今度こそ怒りに燃えた色で、まっすぐに。

「やはりあなたの本音はそこか。義務、労力、金――大事なのはただそれだけだろう。だからこんな家に来たくはなかったんだ!」

「せ、静さん……っ!」

 あわてて着物の袂を引っ張っても、本気で怒っている静さんを止めることはできなくて。

 初めて見た顔つきに驚いて、私は言葉を出せなかった。

「だったら、来ることなどない。こちらも、お前のような恩知らずに一条家の敷居をまたがせるのも不快だったのだ。さっさと失せろ!」

「ああ、そうさせてもらいますよ――行くぞ、かをる」

 強く引っ張られて、困ったまま振り向く私。

 赤い顔で少し咳き込んだ後、興奮冷めやらぬ顔でお父様が呟いた。

「エイダが……さぞかし悲しんでいるだろうな」

 瞬間、静さんの瞳が見開かれた。表情に、強い憎しみの色が浮かぶ。

「――あなたが、それを言うのか。あの哀れな人を、涙一つも見せずにこの家から追い出したあなたが――!」

 座卓をはさんで、今にも掴みかかろうかというそぶりを見せた静さんの前で、再び咳き込んだお父様が膝を折る。

 苦しげに息を吐き出した彼の様子を目にしても、抑え切れない怒りの矛先を失ったかのように静さんはただ瞳を見開いている。

「だ、大丈夫ですかっ!? あ、あのどなたか人を――!」

 廊下に出た私は、誰かに助けを求めようとした時、ちょうど歩いてきた人物とぶつかりそうになった。

 目の前にスーツの胸があったから、上を見上げてそれが背の高い男の人だとわかる。
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