抹茶な風に誘われて。
 漆塗りに蒔絵が施された棗(なつめ)も、花入れも、落ち着いた絵柄のある掛け軸も、何もかもが高価そうな、立派なものばかり。

 賑やかで、楽しいあのお茶会とはかもし出される雰囲気も空気も違うはずなのに、なぜか点てられたお茶の味は少しだけ静さんのものと似ているように感じた。

「お茶の味はどうだったかな、かをるさん」

 思いがけず問いかけられて、正直にそれを言っていいのかどうか迷う。

「あの、とても……おいしかったです。すみません、私まだよくわかっていなくて――」

 結局選んだ無難な回答は、なぜかお父様の顔を綻ばせた。

「ごめんなさい、私……せっかくの雰囲気を壊してしまいました、よね……?」

 顔が赤らんでくるのを自覚しながら小声で訊ねると、「いいや」と優しい否定が返される。

 自分もお茶を一口飲んだ後、障子に映る紅葉の影を見つめながら、お父様はそっと微笑んだのだ。

「昔同じことを言った女性がいたことを、思い出していただけだよ」と――。

 首を傾げる私の隣で、静さんは無言を守っていて。

 落ち着いた藍地の着物の奥で、その胸がどんな感情を宿しているのか、私にはわからなかったけれど――。

 茶室を出た後の二人は、多くを語っていないのにもかかわらず、なぜか落ち着いた表情で向かい合っていた。

「心配せずとも、お前にもう一度この家に戻れと言うつもりなどない。今更、な」 

 帰り際、お父様が言った一言に、静さんは苦笑を浮かべる。

 もともとわかっていたのだろう言葉を聞いたから、というよりも、その言い方に対しての反応のようだった。
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