抹茶な風に誘われて。
 家元になってもいいぐらい精通した――やっぱり、静さんはすごい人だったんだ。

 流れるような美しい作法、おいしいお茶、そしてさりげないもてなし。

 まだ二回しか体験していないけれど、それでも静さんのお茶会はとても居心地のいいものだった。

 日本人でありながら、今まで全く意識もしなかった茶道という一つの伝統。
 浅黒い肌と、グレーの瞳を持つ、純粋な日本人ではない静さんがそれを極めるまでに、一体どんな道があったんだろう。

『押し付けられた将来から逃げるため』にホストになったって、静さんは言ってた。

 ならば、『押し付けられた将来』は茶道だったというの……?

 思わずガラス越しの綺麗な横顔に問いかけながら、私はただじいっと彼の仕草に見入っていた。

 そんな風には見えない。過去に何があったかわからないけれど、それでもお茶を点てる静さんの穏やかな顔は、決してそれが嫌いなようには見えないのだ。

 長い指がお茶碗に触れ、茶筅に触れ、美しく動く。

 低く説明をする静さんの声が、壁越しにわずかに聞こえてくる。

 笑い、楽しそうに授業を受ける留学生たちの声も。

 ――ほら、やっぱり。

 無意識に微笑んでいる、自分。

 きっと静さんも茶道が好きなんだ。

 理由なんていらない。ただ、純粋に好きなんだ。

 それは私の想いと同じ。

 今、わかった。

 私、やっぱり静さんが好き――。

 なぜ、も、どうして、も何もいらないんだ。

 ただ好きになってしまったんだから。

 どきどきと脈打つ心臓を感じながら、すっと深呼吸した、その時。

 扉が開いて、わいわいと賑やかな学生たちが出てきた。
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