太陽と雪
「彩お嬢様」


「何よ」


「私は旦那さまに呼ばれまして、少々席を外させていただきますが、よろしいでしょうか」


そう言って、丁寧に頭を下げる矢吹。


「あら、矢吹がパパに呼び出されるなんて、珍しいわね?

まあ、行ってきたらいいじゃない。

私には関係ないし」


私がそう言うなり、再び頭を下げてから部屋を出ていった矢吹。


何なのかしら。

藤原のことを思い出す。

彼は……秘密主義だった。
しばらく藤原が席を外していたときにどこに行っていたのか聞いても、教えてくれなかった。

だけど……矢吹は必ず、どこに行くのか伝えてくれる。

私に余計な心配を掛けないための彼なりの配慮なんだろうけれど。


私は別に……気にしないのに。

貴方がどこに行こうが、知る由もないし。


しばらくして、ノックもせずに部屋に入ってきた矢吹。


「で?
矢吹。

パパから解雇通告でも受けたのかしら?」


「あ……彩お嬢様!?

とんだご冗談を。

そのようなことは、あるはずがありません」


ちょっとうろたえた矢吹を見て、少し胸に支えていたイライラが消えた。

その言葉を聞いたときに安心したのは……私だけの秘密にしておく。


「彩お嬢様自身にも、旦那さまからお話しがあるそうですよ」


パパから……私に話?
一体何なのかしら。


「わかったわよ。
ちょっと行ってくるわね」


もう……なんなのよ。
急に呼び出して。

話なら、内線電話でいいじゃない。
何のための電話よ。

パパのいる部屋に向かう。

ぐるぐるぐるぐる。

目が回りそうになるくらいの螺旋階段を何度も降りて、ふらふらになりながらエレベーターに乗る。

目が回る。

危うく倒れるところだった。

こんなになるくらいだったら、無理矢理にでも矢吹についてきてもらえばよかった。

ダンススタジオがある側の階段近くに降り、廊下を渡った突き当たり。

私のパパ、宝月 蓮太郎の部屋だ。


この家は、元はパパの父親、私にとっては叔父のものらしい。

パパが高校生になるまで、財閥の後継者だなんてことは知らなかったらしい。

パパが小さい頃に交通事故で亡くなったというから、私はもちろん会ったことはない。

どこにこんな大きい、住んでいる人でさえも迷いそうな豪邸を建てる資金が、土地があったのだろうか。

パパの家のドアの前に立って、ふうと息をついてから、ドアをノックした。
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