太陽と雪
「彩か。
……入って来なさい」


そう言ってドアを開けたパパ。

ドアは非力な女性が開けるには重い造りになっている。

気を遣って開けてくれたのだ。

「ありがとう。
入るわよ」

これからしばらくしてから会議らしく、グレーの蝶ネクタイに同系色のグレーコーデュロイセットアップを着ていた。


「……パパ。
何?
私、仕事で疲れてるんだけど」


「悪いな。
……彩。

お前もいい加減いい歳だ。

仕事もいいけど、彼氏でも作ったらどうだ?」


また……その話か。
彼氏云々の話は、今年の始めから何度も聞かされた。

いい加減、こっちも耳タコよ。


「私は、前から彼氏なんかいらないって言ってるわよ。

何回もパパにはそう言ったはずよね!

憶えてないなんて言わせないわ!
録音までしてあるんだから!

もう18歳のときには好きな人は、もう……この世界からいなくなってたの!

しかも、私の目の前でね。

パパには分かるはずない!
……私の気持ちなんて知ってほしくもない。

それに分かんないでしょ!」

パパにはわかるまい。
学生の頃から、近くに自分の好きな人がいる環境だったというパパには。

三角関係になっていた、幼馴染の女性とは、高校で同じクラスだったという。

しかも、同じ学生同士。
恋愛するのは自由だ。

そんな人には、私の気持ちが分かるはずがないのだ。


私のように、主従関係があって。
『好きになってはいけない人』を好きになってしまったわけではない。


パパに促されてソファーに座ってすぐ、そんな話になった。

話をしながらつい立ち上がってしまった。

「分かった。
悪かったよ。

深い所まで聞きすぎたな、すまない。

まだ、彼のことが好きなんだよな、彩は。


俺は、止めないぞ。

主従関係云々とか、俺はそんな、お堅いものに縛られるべきではないと思っている。

他の財閥の当主はどういう方針かは知らん。
ただ、俺はこんなスタンスだ。

万が一にも本気なら、いくらでも手助けはしてやるつもりではいたんだ。

彼がもし、今も存命だったなら、な。

娘の幸せのためなら、コネも権力もお金も。

……使えるものは全て使う気ではいる。
それだけは憶えていてくれ。


俺は彩の父親なのに分かってやれていなくてごめんな。

父親失格だなぁ、俺は。

もう戻っていいぞ」

パパは、私の頭にポンと手を置いてから、私を見送った。

パパの言い方には含みがあった。
気づいてる。


私が……まだ好きだって。
前執事の……藤原のこと。
彼はもう、この世にいないのに。


ちょっとしたことで、矢吹と藤原を比べてしまう自分が嫌で仕方なかった。

本当は、矢吹 涼という1人の人間と、ちゃんと向き合いたい。
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