太陽と雪
「お、麗眞。
戻ったか。
講演お疲れ様な」


俺の直属の上司が、警視庁に着くなり話しかけてきた。


「……ありがとうございます」


「……講演やってるにしては遅かったな。
何をしていた?」


「……すみません。
たまたま大学内にいた女性が熱中症で倒れたもので。

少しだけ介抱した関係で、先程まで見舞いに行っていました」


「……そうか」


そのあと、上司の口から驚くべき言葉が。


「気にいったか?
……オレの案だ。

わざと矢榛 椎菜のいる学校に麗眞を講演という名目で行かせるんだ。

煮え切らない関係を少しは進展させてやろうという、オッサンの他愛ないお節介だ」


「おや…いえ、失礼しました。
父から何か言われたのですか?」

「ああ。

君の父親から相談を受けたから、オレなりに手を打っただけだ」

「ありがとうございました。

おかげで、関係を、昔のように戻すことができました。

大変感謝しています」

「関係、戻ったか。
で、どこまでいった?

一緒に寝たか?」

「いくら上司でも。
それ以上言ったら、俺は容赦なく貴方を殴りますよ?

熱中症で倒れたばかりの、回復したとはいえ体調がまだ万全でない女性に手を出すほど、俺は飢えてません」

この上司は知らないのだ。

椎菜がこんな状況じゃなかったら、宝月の屋敷の俺の部屋に連れ込んで、昔のようにめちゃくちゃに抱いてやりたい。

そんな衝動を必死に理性で抑えるのが、どれだけ大変か。

「いや、悪かった。
気を悪くしたなら、謝るよ」

そんな一言で、俺の怒りは到底収まるものではなかった。

しかし、こんな人にいきなりブチキレるほど俺は器の小さい人間ではない。

タイムカードを押しながら、言った。


「別に気にしていません。

また、俺は病院に戻ります。

これから椎菜のお見舞いに行くので、本日はここで失礼します」


車の前で待っていてくれた相沢には何も言わずに、車に乗り込んだ。

歯を食いしばり、胸の前で腕組みをする。
つま先で、床をトントン叩いていた。

「何かありましたか?

麗眞坊ちゃま。

あの、椎菜さまが先輩獣医師の方と歩いていらしたあの日と全く同じ反応をしていらっしゃいます」

「ムカつくんだよ。

俺が頼んだわけでもないのに、親父と結託してまで、無駄な世話を焼きやがって。

あの上司。

しかも、

『関係、戻ったか。
で、どこまでいった?
一緒に寝たか?』
だとよ。

甘く見られたもんだな、俺も。

いくら何でも、好きな女が弱ってるときに手なんて出さねーよ。

そこまで節操ない男じゃないし」

この気持ちを、どこに向ければいいのか分からなかった。

思うことは、ただ1つだった。

椎菜に会いたい。

椎菜の、澄みきった声で、俺の名前を呼んでほしい。

それだけのことで、少しはこの気持ちが和らぐ気がした。

相沢は、それ以上は何も聞かず、車のスピードを上げてくれた。

俺が帰宅したら、姉や親父にまで当たり散らしたあの日と全く同じ行動をしてくれた。

何も言っていないにも関わらず、だ。

「麗眞坊ちゃまには、癒しが必要かと思いましたので。

あと15分ほどで到着いたします」

俺の考えを読んでいたらしい。

……全く。

俺にはもったいないくらい、優秀な執事だ、相沢は。
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