太陽と雪
部屋に戻ると、窓際のライティングデスクの傍に相沢がいた。

デスクの上にはアイスコーヒーの入ったカップが乗っていた。


「相沢……?」


「これはこれは、麗眞坊ちゃま。

おかえりなさいませ。

大体の事の経緯は、高沢から伺っております。

シャワーを浴びていらした後のクールダウンも必要でございますよ?」



「……にしても。
矢吹さん、スゲーな。

絶対、矢吹さんは少なからず姉さんのことを女として見てる。

四六時中傍にいて、よく理性持つよな……

その術、俺が学びたい。

俺は無理。

椎菜、ホントに純情すぎる。

生殺し状態だっつの」


「ふふ。

坊っちゃまたち主側は存じ上げないかもしれませんが、執事というものは奇妙な生き物でございますゆえ。

ある程度、感情をコントロールできるのでございますよ。

それにしても、麗眞坊ちゃまは十分すぎるほど耐えていらっしゃいます」


「毎日必死だよ、ホントに。
いつスイッチ入ってもおかしくない」


「しかし、そろそろいいのでは?

先日もこちらの部屋でそのような行為は行ったようですし。

麗眞坊ちゃまと椎菜さまはご結婚される仲なのですよね?」

何で相沢にバレているんだ。

「俺はちゃんと正しい手順を踏みたいの。

順番が逆はマズイだろ。

普通は結婚が先だろ」


「ところが、そうでもないのでございます。

旦那様と奥様は、順番が逆であったと記憶しておりますが」



は?

え?

親父とおふくろが?
そうなの?

親父の書斎にある、結婚式のときの記念だという写真を思い返してみる。

つまり、あの時は、おふくろはすでに姉さんを身籠ってたと?

いやいや、宝月家の当主が、いいのかよそんなんで!


「ですから、あまりお気になさる必要はないかと思われますよ?
麗眞坊ちゃま」


そんな会話をしているうちに、アイスコーヒーを飲みきっていた。

「心の整理ついた。
サンキュ、相沢」

相沢にお礼を言うと、婚約者を迎えに行くべく、バスルームに向かった。


バスルームの前に到着して1、2分が経った頃だった。


「ごめん……麗眞……

なかなか髪……乾かなくて……」

そう言いながら脱衣所のドアを開けた椎菜。

恥ずかしそうな表情と、彼女の髪から微かに香るフローラルが鼻孔をくすぐる。

それだけなら、まだ良かった。

チュールの白ワンピなんて着て出て来ないで欲しかった。

しかもそのチュールが胸下から広がっているのがなんとも色っぽい。

というより、もはやエロい。

既に、スウェットと下着に覆われた俺の大事な部分は反応している。

ホント……男を分かってないな……椎菜は。


「分かってる?

椎菜……俺の前だけだから許すけど。

それ着て高沢とか相沢の前、通るなよ?」

わざと、彼女の耳元で言ってやる。

軽々と椎菜を抱え上げると、もといた高沢の部屋ではなく。

俺の部屋に連れて行ってやる。

このとき、高沢の部屋のほうをじっと見ていた椎菜の様子に、行動に、その意図に。

気付いていなかった。

このことで、翌朝、オレはまだ椎菜のことを完全に分かっていなかったことに気付かされるんだ。

俺の膝の上に寝転がるよう、彼女を促す。

俗に言う、膝枕というやつだ。

まだ乾ききっていない、明るめの茶色い髪を手で梳きながら、毛先のほうにドライヤーを当ててやる。

こういうときのために、椎菜と過ごすこの部屋に姉さんが使っていた古い型のドライヤーを置いていたのだ。


「なんかこういうの、新鮮」


それだけ言うと彼女は、オレの膝の上で微睡み始めた。


その白い肌が引き立てる赤い唇を今すぐにでも貪り、同時に胸の膨らみの感触も味わいたい。

そんな欲望を必死に抑える。

彼女をそっと抱き上げてベッドの上で降ろす。

完全に寝息を立て始めた俺の婚約者。


どうか理性がもつように願いながら、その首筋に一つだけ、赤い華を残す。

そして、頭の下に彼女を起こさないように気を付けながら、自分の腕を差し込んでやる。


「おやすみ、椎菜」


そう、小さな声で囁いて、頬にそっとキスを落とすと、部屋の照明を消した。


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