太陽と雪
これがなぜ?

その件については、華恵さんと優作さんと親父が知っているらしいので、説明してもらった。

親父と、華恵さんと、彼女の夫、優作さん。

彼女たちが中学生の時から、彼らは今なお、これを肌身離さず持っているのだという。

このブローチは、この施設に入るための許可証としてだけでなく、持っている人との強い絆を示すものであるらしい。

本人たちとかなり親密な人だけが持つことが出来るらしい。

このブローチをどう使うんだ?


「簡単よ。
念じるの、強く。

元に戻ってほしい、っていう思いを込めて、ね」

「椎菜ちゃんの両親と、俺たちとの絆を利用するんだ」


「大丈夫。

椎菜ちゃんの両親は強い人だ。

証明してやるんだ。

一度、長い年月を掛けて培ってきた俺たちの絆の力は、いかがわしいクスリなんかじゃ崩せない、ってね」

華恵さんや優作さんや親父が、口々にそう言ってくれる。

極めつけは、美崎さんの言葉だった。


「大丈夫、やれるはずよ。

クスリが切れているときだけはね、元の性格に戻るもの。

良心も理性も性格も何もかも、その一瞬だけは元に戻る!」


「よし、作戦開始だ!」

美崎さんは、一度宝月家に戻って、情報監視センターより中継で俺たちにミッション開始の合図を送ってくれるらしい。

それから1時間も経たないうちに、美崎さんからビデオ通話で連絡が来た。


「このクスリは効き目が一定なの。

毎日、同じ時間に効き目が切れる。

まだまだ薬としては未熟なのだけれど、それに今回は助けられた形ね。

準備をして?

あと20分ほどでその時間よ?

ごめんなさいね、言うのが遅くなって。

戻ってすぐにデータの解析をしてた社員の人が教えてくれたから」

その言葉の後に、センターのモニターに映る映像を見せてくれた。

リビングのソファーに浅く腰掛けている椎菜の両親。

何も考えていないような、虚ろな目をしていて、頬はかなりこけていた。

誰が見ても、異常者と分かる。

しかし、薬が切れた一瞬の映像は、目もしっかり開いていて、視線もハッキリしていた。

「気をしっかり持てよ、椎菜。

絶対、大丈夫だから」


椎菜にそれだけを言うと、念じる準備を整えるため、精神を集中させる。


「あと1分で切れるわ。

念じる時は、椎菜ちゃんの両親の、いつもの姿を思い浮かべた方がいいわ」

華恵さん、優作さん、親父、椎菜は当然やるとして、俺もやるのかな?

結婚したら家族になるんだし、当然か。

「今よ!」

美崎さんの言葉を合図に、俺を含めた皆が一斉にブローチに向かって念じる。


”椎菜のお母さん、お父さん。

そのうちには、お義母さん、お義父さんなんて呼ぶことになるのでしょうか。

面と向かってそう呼べる日を、今から心待ちにしています。

どうか、笑顔が穏やかで優しい雰囲気の、いつもの貴方たちに戻って下さい。”

皆が念じると、ブローチの色が七色に変わり始める。

その光はとても強く、眩しい。

目を開けていられなくて、思わず閉じる。


ブローチは黒からグレー、白へと変わり、光らなくなった。


それから程なくして、美崎さんから再びビデオ通話が。

「ふふ。

良かったわね、椎菜ちゃん。
元通りのご両親に戻りました。

皆さん、作戦は成功です。
お疲れ様でした」


モニター越しでも、二人の目に輝きが戻っているのが分かった。

良かった……!

美崎さんにありがとうございました!と高校時代の軽音楽サークルで発揮したソプラノボイスでお礼を言った椎菜。

その後すぐに俺に強く抱きついてきた。

「いきなり危ないだろ、椎菜」

「だって、嬉しいんだもん。
これで結婚、ちゃんとできるよね!

嬉しい!」

「んな可愛いこと、人前で言うか?

ったく、可愛すぎる婚約者だな。

屋敷の部屋戻ったら覚悟しろよ?

俺が満足するまで止めないからな」

耳元でそう言うと、椎菜は顔を真っ赤にしていた。
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