太陽と雪
事が全て解決した後、俺と椎菜は関わってくれた人たちにお礼を言って回った。

椎菜の両親は、一応、事情を知っている高沢の病院で検査入院をするようだ。

これで、もう俺と椎菜に関しては、城竜二家の狙いからは外れただろう。

問題は、姉さんだけど。

俺は、宝月の屋敷に帰って、椎菜と2人で、今のうちにゆっくり過ごすことにした。

多分、結納の準備やらでお互いバタバタして会えなくなるだろうから。

その前に、椎菜の両親が検査入院から帰ってくるのを待たなきゃならない。


事がひと段落したところで、久しぶりに家族4人と椎菜、それに美崎さんで食卓を囲むことになった。

なかなか食堂に降りて来ない姉さんと美崎さんを呼びに、俺が姉さんの部屋に行くことになった。

そこで、何とはなしに会話が聞こえてしまったのだ。

2人とも、聞かれるとは思っていなかったのか、はたまた感情的になっているのか。

ドア越しでも聞き取れる声だったからだ。

「何かある……絶対。

じゃなかったら、いきなり、なんのメリットもなしに、オーストリアの公爵家の御曹司が政略結婚なんてしようとするかしら?」


「彩……」


「ごめんなさい。

私が、もう少し目を光らせていれば……予想はついたはずよね。

麗眞くんの次は彩に何か仕掛けられるかもしれない、って」


「いいえ。
私も油断してたのよ。

あの、北村動物病院が経営赤字になりそうになった、あの一件で、最後なのかと思っていたから」


「いいえ。
アイツはそういう人間よ。

一つのトラップが上手くいかなかったら、また次に仕掛けてくる……

これは私の責任でもあるわ。

何か困ったことがあったら、遠慮なく言って。

手伝うわよ」


「ありがと、美崎……」


「ねえ、ところで、彩の執事さんはこのこと知ってるの?」


「私が、言うと思う?」


「言わなきゃダメ!

彩の執事、矢吹さん、って言ったっけ?

矢吹さんへの彩の態度見てれば分かる!

彩、矢吹さんのこと……好きとまでは言わないけど、それに近い気持ちは持っているんじゃないの?」


「ふふ、美崎らしくないわね。
何を根拠にそんなこと……」


「顔がそっくり。
彩が前、藤原に見せてた顔と!」

姉さんが一瞬、言葉を詰まらせたのが分かった。


「ふふ。
それがどうしたの?

例えそうだとしても矢吹には言わないわよ。

大体、私は、美崎が思ってるほど、矢吹の事好きじゃない!」


それだけを早口で捲し立てた姉さん。

俺を挟みこまんとする勢いでドアを開けて、俺には目もくれず、廊下を走って行ってしまった。

ドアの前にいた俺に気付いていたらしい。

「ふふ。
貴方にこの会話を聞かれていた、なんて知ったら彩、きっと怒るわね」

美崎さんが話しかけてくる。


「そうですね、まったくです」


「彩、分かりやすいわよね、アメリカの大学院で心理学まで学んだ割に」

「ええ。
そうですね」


姉さんは、経営に役立つと、アメリカの大学院に行って心理学まで学んでいた。

その時お世話になったのが、親父の知り合いの男性だ。

カウンセラーだけでなく、犯罪者の心理鑑定、精神科医までマルチに活躍している遠藤さん。

そういえば昨日、彼が屋敷の玄関口に来たときのこと。

姉さんは遠藤さんを「遠藤教授」と親しげに呼んで慕っていた。

きっと彼に、心理学のいろはを学んだのだろう。


俺は一度食堂に戻って、相沢に事の顛末を話す。

矢吹さんは、まだエージェントルームから帰って来れていない。

姉さんから噂を聞いた伊達さんたちが、彼がペンタゴンで仕込んできたハッキング等の技術に惚れ込んだ。

そして、即席の勉強会なるものが開かれてしまっているからだ。

矢吹さんは仕方なくそれに応じているため、相沢に丁重に彩お嬢様の事を頼むとお願いして、俺たちだけ屋敷に帰ったのだ。


「そういうことでしたか……。

私が探して参ります。

麗眞坊ちゃまたちはディナーをお召しになっていて下さいませ」


と一礼した相沢は、食堂を出て行った。







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