太陽と雪
会議はなかなか膠着して進まなかった。

それもそのはず。

この間の椎菜ちゃんの両親のときは、運が良かったのだ。

あのブローチのような、クスリを飲まされた本人たちとの強い絆を示すものなど、そうそうない。

あれは例外だ。

あのようなものがあったから、短期間で上手くいったのだ。

今回は、当然にそのようなものはない。

長期戦を覚悟しなくてはならない。

私の向かいで、何とか目を開いている葦田雅志。

しかし、その目は虚ろで、ときどき船をこいでいる。

「あとは私たちの領域よ。

こうなっても、獣医の仕事はあるのでしょう?
寝たほうがいいわ。

睡眠は大事よ。

貴方まで体調を崩したら、 貴方の奥さんが心配するのではなくて?」

私が声を掛けると、消え入りそうな声で私達に謝罪の言葉を述べた彼。

フラフラとおぼつかない足取りで、寝室に消えていった。

いつも笑顔だけが取り柄だと思っていた彼の、あんな憔悴しきった表情は初めて見た。

なんとかしなくては。

いつまでも、近くにいるとウザいくらいお熱い夫婦の笑顔を消えたままにはしたくない。

「彩。

分かってるでしょうけど、矢榛 椎菜ちゃんの両親たちは別格よ。

本人たちとの強い絆を証明し、絆を取り戻させるものなんてそうそう有りはしないわ。

……あのクスリは確かに人格を豹変させる。

記憶さえも混乱させる、厄介なものよ。

でもね、両親や家族、配偶者。

そんな、強い絆で結ばれた人たちのところで、
ずっととはいかなくても生活できれば。

触れると心が温まるような、そんな思い出の中
で過ごしていけば、徐々にクスリの効果は薄れるはずよ。

絆とか、信頼関係とか、友情とか愛情とか。

城竜二家には一切ないものだから。

そういう要素の影響を少しでも受けると、あのクスリはダメなのよ。

言うのが遅れて、ごめんなさいね。

私も、睡眠時間を削って、椎菜ちゃんの両親がクスリを投与された後の映像を何度も何度も見返して、やっと気がついてきたのよ。

城竜二家の別荘のどこかに、クスリに関しての資料があるはずなんだけれど。

後で懇意にしている使用人に探させるわ。

あのクスリの効果を打ち消す薬剤の開発も進んでいるはず。

その資料も一緒に見つかるわ」

話を聞いて、タブレット端末を宝月家に繋ぐ。

繋いだ先は、弟の麗眞と、その執事の相沢さんだ。

「そういうことよ。

宝月興信所で、葦田雅志がお世話になっている院長の過去を洗いざらい、調べてほしいの。

繋がりが深い人に連絡がつけば事情を話して、
当の本人と話をしてもらうの。

学生時代の仲良しエピソードとか、忘れられない言葉とか、深い話をね。

そういうことは、貴方たちのほうが畑でしょう?

頼んだわよ。

麗眞。

貴方の仕事を、増やしてしまってごめんなさいね。

結納やら挙式の準備でただでさえバタバタしているでしょうに。

準備に支障が出るようなら、相沢さんに任せてもいいわ」

『ご安心を。
彩さま。

そのような雑用は私達に任せて、彩さまは、彼らの心のケアを宜しくお願いいたします。

こればかりは、近い関係の者しか踏み込めない領域ですから』

『そうそう。

姉さんはさ、姉さんたちにしかできないことがあるじゃん?

それをやればいいわけ。

椎菜には心配させるから事の次第、伝えてないけど。

何となく大変な事態になってるってことは察してるみたいなんだよね。

何かあるようなら合流させる。

社員旅行の後すぐ、研修でフランスにいるらしいから。

さすが俺のフィアンセだよな。

勘がいいからさ?』

さり気なく惚気ける辺りが、麗眞らしい。

麗眞によると、相沢さんが美崎に話があるらしいので、話し手を代わる。

そのやり取りをなんとはなしに見ていると、美崎の横顔がなんだか照れているように見える。

そういえば、美崎の恋愛話は高校の時も聞いたことがなかった。

私がそういう話に興味がなかったから、忘れているだけかもしれないが。

相沢さん、なんて相手も悪くないのではないかと思えるくらいだ。

機会があったら美崎の気持ちを聞いてみようと密かに思ったのだった。

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