太陽と雪
こんなテーマパークにも……こんな豪華な客船があったのね。

20世紀初頭のアメリカにありそうな感じかしら。


「どうぞ、お嬢様。
こちらの3階に、目的の店がございますので」


う……階段……昇るのね。

仕方ないわね、昇ってやるわよ。

まだ30よ?
20代の頃より体力が衰えているとはいえ、まだ若いのだから。

歩くの疲れたとか……言ってられないわ。


ふう。
やっと……もうすぐで階段終わるわ。

階段が終わる安堵感でいっぱいだったから、もう一段残っていることに気づかなかった。

階段を踏み外してしまった。


「彩さま!?」

相沢さんの声が聞こえたときに気付いた。

ヤバッ……
こんなところで転ぶなんて、宝月家の恥よっ!


「お嬢様……!」


怖くてとっさに目をつぶっていたけど……

予想していた痛みも……周りからの嘲笑も一切なくて。


「お嬢様。
お怪我はございませんか?」


私の数センチメートル近くで聞こえた矢吹の声だけだった。


えっ……


目をゆっくりと開けてみる。


私の目の前には……
グレーの布越しの胸板が。

耳を澄ませると聞こえる鼓動は、少しだけ速いが、一定のリズムだ。

微かにシトラスの香りがする。
香水だろうか。


私は、矢吹に抱きとめられていた。


「矢吹。

私は大丈夫だから、離れてほしいわね」

「それはようございました。
お嬢さまにお怪我がなくて、何よりでございます」


そう、いつものように言った彼。


いつまでもこんな状態でいるのは恥ずかしくて、目で訴えかけた。


早く離れなさいよ。


「これは失礼致しました、彩お嬢様。

お怪我はないようですね。

無事で何よりです。

ゆっくりでよいです、立てますか?」


そう言って、何食わぬ顔で私をエスコートする矢吹。

私がついてきているか、時々後ろを振り返って確認してくれる。


私だけ……よね。
顔赤いの……

顔はまだ真っ赤なままだ。

早くこれを元の顔色に戻さないと、熱でもあるのかと疑われる。

何で矢吹はあんな……平然としていられるのか、疑問だった。

少なからず私を女性として意識して、そういう目で見ているのなら。

曲がりなりにも年頃の女性とあんな近距離で触れあって、何かを思わない方が、それこそどうかしている。

むしろ私の愚弟、麗眞と椎菜ちゃんが先程の私たちと同じ状況になったとしたら。

麗眞側の理性が保たなそうだ。

食事をさっさと終わらせてホテルに戻るに50万円を賭けたいくらい。

やっぱり、抱き止めてくれたのが麗眞じゃなくて矢吹で良かった。
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